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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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saiさん、ご訪問&コメントをありがとうございます。

まさに博士過程在学中で、塾で教えている人間です。

博士課程に在学している人間には2種類います。社会に適合できなくて博士に逃げた人間と、会社員にもなれたけど研究を志した人間と。
前者が子供にモノを教えられるか?と言うと、難しいのは言うまでもありません。

塾で教えられる…というか、教育に携わるための能力にも2種類あります。話を相手にわかるように伝える能力と、子供を上手く扱う能力です。
前者はまだ、博士が持つべき能力と被っている部分もありますが、後者は非常に特殊な能力です。学校の先生として専門教育を受けた方でも、持っていないことがしばしばです。(そして学級崩壊へ)

コミュニケーション能力の低さから学問を志した方を、今の「大変に活発な」中高生のところに送り込むのは…私には、残念な結果が予想できて仕方がありません。さらにいうなら、最近は「親を上手く扱う能力」さえ求められる始末ですしね。

教育職は誰にとっても非常にハードルが高い仕事なので、博士だからといって「教育に携わる」能力が高いと期待されるのはちょっと物申したいです。むしろ辛いです。
もう、子供が「先生だから」といって無条件に耳を傾けてくれた時代ではありません。本当はその風潮の方をどうにかするべきだとは思いますがネ。

「教育に携わる能力には、2つある」の部分、共感いたします。
ただ、でもじゃあ、教員免許を持っている、学校の先生、小中高の先生は、みんな、この「子どもをうまく扱う能力」を持ってるのかというと、必ずしもそうではないんですね。

理由は、(1)この能力を客観的にはかることがたいへんむずかしいこと、(2)この能力をみがくための研修というのがいったいどういう内容になるのかカリキュラムになるのか、専門家でも献立を考えるのがたいへんむずかしいこと(つまりほとんど生まれ持った資質、もしくは、パターン化できないある種の能力であるがゆえに、パターン化して、カリキュラム化して、献立として教えることがたいへんむずかしい種類の能力であるということ)が挙げられると思います。

だから、この点について、教職が第一志望の人のほうが研究者志望の人よりもすぐれている、とは言うことができない。と思うんですよね。
saiさんも「特殊な能力」と表現されているように、この能力は非常に不思議な、つかみどころのない能力です。


それから、「博士だからといって教育に携わる能力が高いと期待されるのはちょっと物申したい」とのことですが、んー、ぼくは教育っていうのは、なにも特別な能力を持ってないとできないということではないと思うんですよね。親になれば誰もが教育をせざるをえないわけで。そして、親になるのはなにも特別な人だけが親になるわけではないということ。
しいて言えば、親としての自覚を持てるかどうか、かな。立場の違い、お互いに与えられている社会的役割の違いをわきまえたうえで子どもらに接するということができるかできないかというか。逆にそれさえできてればなんとかなっちゃうみたいなところはあるんですね。

でも、例えば、高校くらいになってくると、求められる学力レベルも結構高くなってくるので(その、専門かマニアじゃなきゃ日常生活で使わないよ、的な)、「親としての自覚」だけではごまかせなくなってくる、ようなところもあるわけですね。ぼくはだから、「そこで博士ですよ」と言っているわけです。

一般の小中高の先生がたを適当にかき集めてきて、また他方で博士(課程)の方々もまた適当にかき集めてきて、それぞれ子どもと接してもらって、子どもをうまく扱う能力を何人かが判定する、ということをやったときに、そんなに差が出ないんじゃないかというのがぼくの予想でして、つまり、博士の学生のコミュニケーション能力が低いのなら、それと同じくらい、一般の人や教職を第一志望とする学生のそれもまた低いと思うということなんですね。

確かに、研究ができる奴は教えるのもうまい、とは限らないんだけれども、べつにそれはそれでいいよと。私は、博士的な人間を子どもたちと触れ合わさせることなく研究舎に隔離しておくことの弊害をこそ指摘しているわけでして。


あと、教育職がハードルが高くなったのは、社会的背景の変化、等を含めていろいろ言われておりますけれども、私は「親の未熟さ」というのが根底にあると思ってまして --- より正確に言うならば、未熟な親を教育する人たちの不在に原因がある ---、だから、親を教育する学校と言いますか、親にも学んでいただくつどいの場と言いますか、そういうコミュニティに、すべての世代の人間が、世話焼き的に関わることの重要性というのを、ここのところずっと叫んでおりまして、このことについてはですね、地域社会的な教育関係者方の理解・了解を結構得ているところなんです。
このブログはまあ、なんというか、どこに向かっているか分からないんですけれども、なんとなくはてな界隈にトラバを送ったのが縁でして、大学関係者方にも結構来訪いただいている(らしい)という状況がありますので、こういう場を通じてですね、大学関係者方、博士課程関係者方が、こういう、研究業界内にとどまらない全体的な状況を把握されてですね、「ぼくもまた世話焼き的になんかできることはないだろうか」というふうに発想&行動していただければ、非常に、私としてもこういう活動を続けている甲斐があると言いますか、非常にうれしい、ことですね。

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