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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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http://blog.tatsuru.com/2007/06/19_0843.php

ジェームズ・エルロイが書いているように、警察の夢はすべての犯罪が「組織的」に行われることである。
人間社会が存在する限り、「犯罪が消滅する」ということはありえない。
次善の策は「犯罪が中枢的に管理されて行われる」ことである。
犯罪組織と警察が緊密な連絡を取り合い、ある程度共依存的関係を保つことができれば、国家体制の根幹を揺るがすようなカタストロフは回避できる。
犯罪を統御する組織的中枢が存在せず、さまざまな種類の犯罪が、さまざまな動機で、さまざまなタイプの人間によって、ランダムに行われるというのが警察にとっての「悪夢」である。
統制不能の犯罪はひとつひとつは微罪であっても、社会秩序そのものへの信頼を酸のように犯す。
だから、世界中どこでも警察は犯罪組織の存在を看過している(場合によっては支援さえする)。
それと同じ理屈で、公安警察は仮想敵国のスパイ組織が「ツリー状」の上意下達組織系列をもって活動することを切望するのである。


こうみてくると,警察にとっても,わたしたちにとっても,最も怖ろしいのは「雰囲気」だと言うことが分かります.

「微罪を犯してもいいじゃん」と思ってしまう雰囲気と思ってしまわない雰囲気がある.
「国内が荒れる」のも「クラスが荒れる」のも原理は同じな気がしますね.

学校の先生は,よりよいクラスづくりのために,よく,クラスのリーダー的存在の生徒を味方に付けるということをしますが,これも,クラスがすでに組織的に動いていれば,クラスがどれほどヤバい状態にあろうが,それに向けての行動は先生にとってたやすいということを意味しています.

「思ってしまう」か「思ってしまわない」かというこの些細な違いが,国政を揺るがすほどの惨事に発展することがあるといえば,いかがでしょう.

空き缶を捨てるか捨てないかにも同じことが言える.一つでも空き缶があると,「別に捨ててもいいか」と思えてしまう.一つも空き缶がないと,「やっぱ捨てるのはまずいな」と思えてしまう.
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