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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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http://uta34n.net/blog1/2008/10/post_309.html
さて、どちらが正しいか。専門家ではない私にはよく分からないけど、どうもY氏の方が正しそうである。そのへんは同氏の著書を読めば詳細に論じられているのだろう。内田氏も「私がどこかで読み囓った情報が間違っていたようであるので、ここで謹んで訂正させていただく」と書いているように、ご自分の誤りを認めているようだ。

しかし、(Y氏の日記も含めて)このやりとりにおいて「恥をかいている」のはどちらかといえば、残念ながらY氏の方であるとしか思えない。
このような状況をもって、Y氏が恥を欠いていると言えるのかどうか私には分からないが(そもそも、この私信の公開がY氏の同意を得たものであったのかどうかという点が気になるが)、

「知っていたほう」が恥をかき、「知らなかったほう」が平然としている

ということがありそうだということは分かる。

どういうときにこういうことが起こるのだろうか。







恥ずかしがることが無いからではないか。

(多くの)人間が恥ずかしがるときというのは、「無知の無知」から「無知の知」へと移行するときである。

わあわあ、知らなくてごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい・・・

と、急に取り乱してしまう。


でも、内田樹は、知らないことに気づいても取り乱さない。

つまりどういうことかというと、
内田樹は、「無知の無知から無知の知へ移行するときに人は恥ずかしがるものだ」という常識に同意していないのである。

内田樹の常識は、「無知の無知から無知の知へ移行するときに、別に恥ずかしがらなくてもよい」というものである。

彼はそういう常識を広めようと懸命なのである。
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