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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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注)引用部のハイライトは筆者注。

「頭のよさ」をコンビニの現場から考える
ここで俺は、長年にわたって考え続けてきた「頭のよしあし」について書こうと思うのだけれど、この場合の「頭のよさ」とは、「トータルで見て仕事ができる」くらいの意味だと思ってほしい。学力だけでもダメ、人柄だけでもダメ、頭の回転だけでも無理。まあ人柄は除くとしても、仕事というのは(職種による部分は大きいが)トータルの「頭のよさ」を求められることが多い、というところまでは同意していただけるのではないかと思う。

--- 略 ---

俺自身、20年近くのコンビニ経験のなかで、何人かの発注の達人を見てきた。そしてそいつらは、ほぼ例外なく学力も高く、高くない場合でも、本人にあからさまに勉強をする気がなかったか、あるいは環境が彼、あるいは彼女に勉強する機会をまったく与えなかったかのどちらかだ。つまり、発注、売場管理ができる人間は、例外なく勉強もできると考えていいと俺は思った。

 ちなみに、こうした人間には「勉強ってどうやってやってる?」と質問することが多いのだが、回答は以下のようだ。

「授業だけ寝ないでがんばってれば、あとは一夜漬けでしょ。暗記しなきゃいけないところと、そうじゃないところがあるから、暗記するとこだけ一夜漬けでいいし」

「勉強? 家で? あんましたことないです……」

「ノートじゃないすかやっぱ。あー、ノート見てワケわかんなかったら自分でまとめなおします」

「高卒の資格さえとれればいいってわかってたから、赤点すれすれになるようにしか点数とってなかったよ」

 共通している要素は「最初から点数をとる方法を理解していて、それにあわせてしか勉強していない」ということ。つまり「勉強というシステム」のほうを先に理解しているわけだ。ちなみにこういうタイプは、どういうわけか国語全般と英語の長文問題がやたらに強い。ちなみに、このへんの話は、俺自身が偏差値50程度の高卒なので、あまり鵜呑みにしないほうがいいかも。観察の結果「俺はそう思った」っていうだけの話だから。

--- 略 ---

でもって、こういうことを長年、えんえんと現場で考え続けて、あるいは観察しつづけてみて、こと仕事においては、頭のよさというのは、つまり「システムを把握する能力」と断言してよいのではないか、と考えるようになった。システムとは、つまり因果関係であり、構造だ。対象が、目に見えない、手にも触れないものの場合は、そうしたものを頭のなかで展開させる能力でもある。

 そして、システムを万全に把握したうえで、新たに自分自身でシステムを作り出せる人間が、いちばん強い。

--- 略 ---

アホなバイトを使いこなすのに苦労している世の管理職とか店長の方へ。上述のようなことを考えて、俺がたどりついた「アホの使いかた」的なものを書いてみます。参考になれば幸いです。

 仕事を教える場合は、可能な限り、すべてを定型業務に還元すること。単純作業ってことですね。「こういう場合は、こう」というように定式化する。そして同時に「そのときに絶対やってはいけないこと」という禁止事項を徹底的に叩き込むこと。「やらなければならないこと」と「やってはいけないこと」の両面から行動を制約することによって、単一のシステムで動くようにその人間を縛るわけです。もちろん例外的な事態は日常的に起こるわけですけど、その場合「パターンから外れることはすべて、ほかの人に質問しろ」と言う。もちろん手がかかるわけですけど、そこはもう、仕事において能力のない人を使っているわけで、そこをコストと割り切るしかないです。また、禁止事項については「こんなことをすると、おまえは(あるいは周囲のだれかが)ひどい目にあう」というかたちにすると効果があります。利益とか損失とかだめです。それは抽象概念ですので。

ははははは。

どうも、アホでーす。よろしく(^^)

でも、アホであることを自覚しているアホ、がもし居たとしたら、どういうふうに使うのがいいんだろう。


冗談はこれくらいにして、なんというか、いくつも思ったことがあるんだけど・・・。

まず、

勉強できるくせにやってないだけ、という奴が明らかに一定数いる

ということ。

そして、自分の頭で考えて行動していさえすれば、学校の成績とは関係なく、トータルでの賢さ、つまり仕事力ですか、そういうものはあがっていく、ということ。

これは結構、すでにマジョリティ化してる意見かな、と思う。


次。

「最初から点数をとる方法を理解していて、それにあわせてしか勉強していない」奴を構造的に、組織的に生産し続けている学校というシステムのなかに不備はないかということ。

個人的な意見を言えば、

いいんじゃね、今のままでも

というところだが、

一方で、学校のテストというのは、上で言われているような、「こういうときは、こう」的なことしか問われていないんじゃないか、というか、

あれ、これって、アホでもいちおう点が取れるシステムじゃね?

と思うわけで、だからこそ、

学校のテストはできても、トータルでの賢さに欠けて仕事ができない

人たちというのが組織的に生産され続けるという構造もまたあるなと、思うわけです。

上で言われている「アホの使いかた」ということに関してだけ言えば、「学校のテストはできるが仕事はできない」人たちに対しては、このマニュアルは異常なほどの威力を発揮すると思います。

でも、「学校のテストもトータルでの賢さにも乏しい人たち」には、ちょっと通用しにくいかな、とも思う。

だって、記憶力が・・・・・・。

でも、じゃあ、「学校のテストもトータルでの賢さにも乏しい人たち」を使う、これ以上のやりかたがあるのかというと、よく分からない。

「ただ覚える」ということと、「トータルで物事を考える」ということと、どちらが高度な能力かと言われると、そりゃもちろん後者だが、だからといって、「どっちもでけへん奴はまず覚えることから始めろ」というのもまた、十把一絡げ過ぎる気がする。

それでうまくいく奴もおれば、うまくいかん奴もおると思うからである。


世の中には、「私は記憶力に乏しいんです」と意見表明する人たちがたくさんいて、そういう人たちは、「まず覚えることから始めろ」って言われると、「うっ」ってなると思う。

そういう人たちの多くはむしろ、「自分の記憶力の乏しさを補おうとして、トータルで物事を考えるほうにリソースを集中させる」という戦略を取るような気がする。

えっ? そういう奴は、上で言うところの「アホ」にはなってないって?

かもしれない。


はい、3つ目。再度引用するね。

共通している要素は「最初から点数をとる方法を理解していて、それにあわせてしか勉強していない」ということ。つまり「勉強というシステム」のほうを先に理解しているわけだ。ちなみにこういうタイプは、どういうわけか国語全般と英語の長文問題がやたらに強い。
実は、国語全般と英語の長文問題がやたらに強い、というところがものすごく気になった。

なんというか、「システム全体が理解できる」という最終目標は一緒なんだけど、そこに到達するまでの過程に違いがあるというか。

世の中には国語派と数学派がいる

と思うんだよね。

国語派は、分からない、知らない物事に出くわすと、

まず全体をいきなり理解しようとする


ずーっと見つめていると、だんだんと解像度が上がってきて、やがてシステム全体を理解できるようになる。
解像度の荒い写真を、だんだん精細にしていくイメージだ。

一方、数学派は、知らない物事に出くわすと、

まず部分を見る

全体は分からなくても、部分なら分かるだろう、という発想である。

全体を構成する部分のすべてが分かれば、全体が分かるはずだ、と思って、部分の一つ一つをきちんと理解しようと努める。

その結果、最終的に、システム全体を理解できるようになる。


だから、数学派の人間は英文法が好きなはずだ。
文を一つ一つ丹念に理解しようとするからね。


たとえば国語でも、小学生のうちから夏目漱石とか太宰治とかを読みまくる子がいるが、これらの作品には今はあまり使わない結構難しい字も使われている。

その字は、読む小学生にとって、はじめて見る熟語、単語、言い回しであることも多いはずだ。

にもかかわらず、読める奴と読めない奴が出てくる。

理由は、そやつがまず見ているものが「全体」か「部分」かの違いのうちにある。
コメント
この記事へのコメント
「頭のよさ」をコンビニの現場から考えるからたどってきました。

はじめまして。

あまりに解釈が面白かったので、書き込んでしまいました。

世の中には国語派と数学派がいる

この説には、賛成。

国語派は、全体を把握してから細部を見るいわば俯瞰型。
・・・経営者に多い。


数学派は、細部から全体を想像するパズル型。
・・・技術者に多い。

これは言えます。

この性格を汲んで、適材適所に組合わせると力を発揮でいると思います。
2009/01/20(火) 18:28 | URL | 木村尚義 #-[ 編集]
木村尚義さん、ご訪問&コメントありがとうございます。

興味を持ってもらえたようで光栄です。


僕が重要だと思っている点は、国語派であれ数学派であれ、最終的には「システム全体を把握する」ことができるという点です。

ただ、そのための「過程」が違っている。

そこを誤解すると、例えば、
世の中の人間は全員が国語派だと思っている人が、数学派の人にものを教えようとして、なかなかうまくいかず、「コイツは一生掛かってもシステムの把握ができないダメな奴だ」
というようなことになってしまいます。
2009/01/20(火) 21:00 | URL | heis101(管理人) #M/TJw2k2[ 編集]
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