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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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注)引用部のハイライトは筆者注。


小売店に小物を買いに行くときに、目的とする品物のありかを、自分で探すか、それとも店員に訊くか、で迷うことがある。

「店員が店のことについてすべて熟知している」という仮定(この仮定は法的には当然に前提されるものかと)のもとでは、これは、「店員に訊く」という選択をしたほうが合理的だ。

しかし、実際にはこの仮定が成立しないことがある。

「○○というメーカーの、△△という型番のボールペンがほしいんですけど・・・」と、具体的な商品名を店員に対して入力して、「申し訳ありませんが、当店にはございません。」と言われたにもかかわらず、自分で店内を確認すると、あったりする。

私ははじめてこういう状況に遭遇したとき、キレそうになったのだが、あらためて考えてみると、前述の仮定が成立すると勝手に思いこんでいる私のほうにも責めがあるのではないかという気がしてきたのだ。

「頭のよさ」をコンビニの現場から考える
 もうひとつ、前提としてコンビニの商売を高レベルでやろうと思った場合、どういう資質が要求されるかについて書いておく。コンビニの仕事の特徴は、小売業界でも有数なほどに仕事がシステム化されており、ひとつひとつの仕事は平易だが、その平易な仕事がやたらにたくさんあると思っていただければいい。求められるのは、記憶力、そして覚えたことを即座に実行できる覚えのよさ、覚えたことを忘れないこと、そして最後に「それでも思い出せなかった場合、どうするか」だ。コンビニには年に1回も利用されないサービスがごろごろしており、それらのすべてを記憶しておくことは、オーナーの俺ですら無理。マニュアルを確認するなり業者に問い合わせるなりするのだが、そのときアルバイトにはもうひとつ、「自分の責任の所在はどこまでなのか」を把握する能力も要求される。集団における自分のポジションの自覚だ。もちろん、これについては採用時にいやっていうほど教え込むのだが、わからない人間は徹底してわからないのが、この責任感覚ってやつの不思議だ。

 で、ここまで書いたところの仕事が、不断に、客によって邪魔される、というのがコンビニのもうひとつの特色になる。つまり、店員ですら把握しきれず、使いこなせないさまざまなサービスを、客がまともに把握しているはずはない。そうでなくても、コンビニにはレジという一大業務がある。それを「こなしながら」店を、あるいは客を管理していくことが店員の仕事となる。
小売店(上の例はコンビニだが)の販売を成立させているシステムは、年々複雑化・高度化しているがゆえに、かつてなら「店の人が店のことを熟知している」というのは常識だったが、その常識が成り立たなくなってきている、というところがありそうだ。

なんというか、

使われている人間の不幸

な気がする。

別に私は、小売店のオーナーor店員という仕事だけが特別に「使われる仕事」だと言いたいのではない。

売買の基盤となるシステムが複雑化・高度化したにもかかわらず、人間のほうが変化しない場合、人間の側は、「使われている」という実感または客観視を受けやすくなる。

これを克服するには、人間の側が、高度化したシステムを把握できるくらいにまでレベルアップすることが求められる。

システムの高度化は主に機械化、コンピュータの高度化によってもたらされたものである。

システムの高度化を実現するような機械やコンピュータをつくっていた人間はかつてどのように考えていただろうか。

これさえ完成すれば俺たちゃラクできるぜ

と考えていたのではないだろうか。

しかし、現実は、システムが高度化しても、人間のほうも賢くならないと使いこなせないので、当初の「ラクできるぜ」なるもくろみは、成就しない。皮肉なことに。

つまり現代社会というのは、「人間たちよ、もっと賢くなれ!」「賢くなら/れないと仕事ができなくなるよ」という圧力(機械の側からの要請)が、これまでにない勢いで掛けられている状態であると言ってよい。

んなこと当たり前じゃんか、とおっしゃるかもしれないけれど、

「資本主義下で、競争原理にさらされるから、相対的に賢くならなければ仕事がなくなってしまう」ということと、

「いつの時代にも高度な機械や技術をつくりたがる連中がいて、それの恩恵は社会に還元されるのだが、その恩恵をちゃんと享受しようと思ったら、人間の側もレベルアップしないといけなくなる」

ということとは別である。

そして、連中が高度な技術をつくりたいときにつくることができる自由を認めるならば、当然、その結果完成した高度な技術の利用を拒否する自由も認められねばならないのだが(俺はレベルアップしたくないよ、なんで技術者のお遊びの尻ぬぐいを俺らがせんとあかんの? という主張も認められて然りなのだが)、実際にはなかなか拒否することが難しいような気がする。
コメント
この記事へのコメント
社会がベータテストをしてくれる。
社会に実装されてしまったら、コモディティになる。
競争に晒される。

つまり、早めのリリース優先。
構造的な部分を提供して、後は頭の良い人が進化させてくれるのを期待する。どこかオープンソース的。

ベータ・テストしてるんだろうなと思えば気が楽になると思います。
2009/01/19(月) 06:45 | URL | garagemood #-[ 編集]
garagemoodさん、ご訪問&コメントありがとうございます。

ベータ・リリースが金になるというのは実態を突いていると思います。

「技術者が高度な技術をつくる自由」と「完成してしまった高度な技術を利用したくない自由」は、どのくらい認めるかは別としても、同じくらい認められなければ公平ではないわけですが、実際には、前者を認めることは金になるが後者を認めることは金にならない、ということがあるので、前者が優勢なんだと思います。

ツーカーが携帯電話のシンプル化を打ち出してみたけれど、結局淘汰されてしまった、みたいなのは好例かと。
2009/01/19(月) 18:24 | URL | heis101(管理人) #M/TJw2k2[ 編集]
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