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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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「先生はえらい」のさきにあるもの、について書くって書いておきながらまだ書いていないわけは、リアルの事情&書く気が失せた、ってのが大きいかな。
なんというか、この主題だけでゆうに10、20の記事は書けそうというか・・・・・・、
で、ある程度本気になって書こうとするとそれなりに時間もエネルギーも要るわけでして・・・・・・。

え? だったら軽い文体で書けって?

ごもっともです(笑)。


えっとね、フィンランドの五年生がまとめた議論のルールってのがあって、それがこれね。

1. 他人の発言をさえぎらない
2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
4. わからないことがあったら、すぐに質問する
5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
6. 話を聞くときは、他のことをしない
7. 最後まで、きちんと話を聞く
8. 議論が台無しになるようなことを言わない
9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない
まあこれは、言ってしまえば当たり前のことなんだけど、
時として人はこれを守れないor守らないときがあるんだよね。

ぼくがこのブログとの関連で真っ先に思い当たる例というのがまさにこれでして、

議論の抽象と具体
しかし彼女自身は頑なにそれを認めようとせず
やり取りを一方的に拒否されてしまった。
彼女からコメント欄で私を批判したにも関わらず。
これをひとりよがりで感情的な態度と言わずになんと言おう。
ひとりよがりや感情的な態度では
議論の是非を語る資格はない。
ここで、この議論がいかなる議論であったのかを繰り返すor約言することは避けるが、
少なくとも、そこでなされたであろうPsyche氏とほり氏の議論において、後者は、
フィンランド5年生ルールの7.と8.には違反していると思うし、
2.や9.にだって違反している疑いがある。

つまりこれは、フィンランド5年生ルールに従う限りにおいて、
そもそも議論としての体(てい)をなしていない。

これに対して、そもそもこれは議論ではないという逃げ論を行使することは有りだが、
それではあまりにも幼稚すぎる。
「議論じゃないなら、じゃあなんなの?」って話だし、
「議論じゃなくて、じゃあ何? 会話?」って話で、仮にあったとしても、
相手は議論だと思って話していたわけで、
そこを酌めなかった責任っていうのは問われてしかるべきだよなって、思うわけね。

つまり以上を一言で約言すると、「ほり氏のやっていることは非常識きわまりない」ということになる。


ところで、僕自身が、
ほんとうにほり氏のやっていることを100%非常識きわまりないと思っているかというと、
実はそうでもなかったりする。

というのはどういうことかというと、つまり、今回の一部始終、とくにその最後のほう当たりにおける
含意というのは、ほり氏にとって、とっても危険だったのではないかって、思うんだ。

内田樹氏もよく指摘するように、人間は、生物だから、危険から遠ざかろうとするし、
エサや快適なものがありそうなところには近づこうとする。

だから、めっちゃ危険そうなにおいを感じたら一目散に退散するのが、生物的には「正解」なわけで、
その際に、「ルール違反だ!」というようなそしりは、あくまで優先順位としては下のほうに成り下がっちゃうわけ。


たとえばさ、戦争中に夜中に卓上ゲームにいそしんでいて、
空襲警報がなったときに、「やばいぞ! さあ逃げなくちゃ」って一人が言ったときに、

「へへっ、勝ち逃げされるのが悔しいもんだからあんなこと言ってらあ」とか、

「途中で逃げないって約束だろ? おまえは約束を破るのか!」って言われたときに、

どう答えるかって話と、まさに相似形をなしているわけでして。


だから、ほり氏は、たぶん、いかに非常識だとののしられようとも、
より守らなければならない何かを守りきったとも言えるわけ。

ほり氏にしてみれば、フィンランドの議論ルールがなんだ、ゲームのルールがなんだ、くそ食らえ、ってなわけ。

それどころじゃない! なんと言われようが私は自分の命のほうが大事だから逃げる。

ってなもんだろう。

だとすればそれは正解だ。だれもほり氏の退散を止めることはできない。


この構図は、実は、小中高なんかでありがちな不登校の話にも関連があって、例えば、
正当な事由なく不登校なる行為をなすことは、学校内的ルールや社会ルールから見れば確かに違反していると思うし、
非常識な行動だとは思う。

でも、生命の危機生存の危機当人の実存が脅かされるという危機が迫っていると、当人が生物的本能に照らして察知した結果、
不登校のような、社会や学校の常識からすると非常識に映るこの行為をなすのであれば、
私たちは彼or彼女を責められるだろうか? 
否!

命が一番大事です」という命題が大前提として横たわっている限り、
私たちはかかる行為を、学校や社会の常識に照らして断罪することは妥当でない。


ほり氏がそこまでして守らなければならないものは何なのか、それは私にはまだ分かっていない。

でも、それを知ろうと努力することが、私がほり氏を取り巻く言説に興味を持ってそれをなぞり理解しようとすることを欲するとき、まずやらなければいけないことなんではないか、という風に、思うわけだ。

Aさんとっては全然大事でないことが、Bさんにとっては死活問題にかかわるほど大事なことである、ということがあり得る。

このことについての自覚が欠けていると、「あいつは議論の基本的なルールすらも守れない奴だ。小学生からやり直してこい!」というような、見当違いの批判をぶつけて、またぶつけられて、お互いにとって不幸だ。
また、社会にとって(価値創造の)機会損失だ。


まだ言わないといけないことはたくさんあります。
それについてはまた次回ということで。
コメント
この記事へのコメント
ご紹介ありがとうございます。

本記事で取り上げている「議論」がどういうものだったか詳しくは存じませんが(少しだけ拝見しました)、個人的にはあのルールで日本人にとって一番必要だと思うのは、10番目です。
どんなに議論中に衝突しても、それが終わればそのことは引きずらないでまた仲良く付き合えればいいんですが、なかなか難しいですよね。

あと、本記事を読んで、
「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」
という、ハンター×ハンターのミトおばさんの言葉を思い出しました。
2009/01/14(水) 13:55 | URL | oika #L1x6umnE[ 編集]
ご訪問&コメントをありがとうございます。


> 個人的にはあのルールで日本人にとって一番必要だと思うのは、10番目です。
> どんなに議論中に衝突しても、それが終わればそのことは引きずらないでまた仲良く付き合えればいいんですが、なかなか難しい

これは完全にゲームだ、ゲームなんだって割り切れるか割り切れないかの違いのような気がしますね。

例えば、スポーツはゲームですが、武道はゲームと言って良いかどうか怪しいところがある。

というのは、ゲームというのはどこまでも競技場「内」での出来事なんですね。
ゲームの選手は、明日その競技場が潰れてなくなってしまうことをあまり考えない。

一方、これを考えるのが武道です(たぶん)。


日本には、歴史的に、武道はあってもスポーツは長らくなくって、
だから、そういうのは結構効いてると思います。

もっとも、武道もスポーツも、どちらにも、メリットとデメリットがあるので、一概に「日本人はこの10番目のルールを守ることが難しい」と嘆きまくるのも、なんかちょっと違うよな、とも思います。
(なぜ? を問えたらいいなあ^^)



> 「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」

結構有名な言葉みたいですね。
教えて頂きありがとうございます。

いまは大事なことはみんな漫画とかから教わるんですよね。
(あれれっ、学校教育の意義はどこへ?(笑))

学校の教室に座ってる時間だけが学びの時間なのではなくて、人生のすべての時間が学びの時間だとすれば、
「(いまの子どもは、)義務教育の国語の時間の総数よりも、テレビを見たり漫画を読んだりゲームをしたりしている時間の総数のほうが全然でかい(←ほり氏経由で養老孟司氏がソースだったかな)」ということをまずは見据えて、
そこからいろいろ考えていく必要があるように思います。
2009/01/14(水) 21:34 | URL | heis101 #M/TJw2k2[ 編集]
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2009/03/22(日) | econewss
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