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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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覚えるのが苦手 より

知識はネットに預けておいて考える力だけ伸ばそうとしても無理な話である。知識を仕入れる段階で、知識のネットワークを自分の脳味噌に形成しなければ、周りにどんな有用な知識があろうと、有効に利用できない。つまり、考えることが出来るようにはなるまい。「自分で考える」とは、ネットワーク化するということで、ネットワーク化する自分自身は、決してネット上に存在しない。知識はネットにあればいいと確か茂木さんはどこかで言っていたような気がするか、それは、彼が若い頃もの凄く勉強をして(これも、なにかで読んだ。)、自分の脳味噌の中にネットワーク化できる能力を身に付けたからに過ぎない。そういう人と、そうでない人間が、ネットを記憶力代わりに利用して、同じように思考することはできないだろう。


> 知識はネットにあればいいと確か茂木さんはどこかで言っていたような気がする

ぼくもそんな気がする。
思うに、茂木さんの主張は、かつてなら高級な知識を得るために、荘厳な図書館に出かけていって、その薄暗い地下室のほこりをかぶった書籍を一つ一つ丹念に調べていくという面倒くさい作業を通じて、やっとこさ、自分自身にとって有意義な知識というものを「発見」することができたのだが、いまではそのような面倒さからだいぶ我々は解放されている、ということなのではないだろうか。
かつて高級な知識を得るためには必ず必要とされた「探索労力」なるものを、ほとんど必要とせずに、必要としている知識にアクセスできるようになった、ということを言っているのだろう。
ネットというのはつまり、誰もが「宇宙完全大百科」(※)を手にしている状態を実現したということにほかならない。

さてでは、そのような、どでかくてしかも引きやすい百科事典を手にした人間は、いったいどのような行動に出るのだろうか。
実は、ここで2種類の人間が湧くのである。
ほしい知識をどんどん吸収していく人間と、吸収していかない人間である。

ほしい知識であるにもかかわらず、吸収していかない人間は、なぜ吸収していかないのだろうか。
吸収していかない人間曰く「だって書いてあることだから調べりゃすぐ分かる話だよ。」

おわかりだろうか。
彼らには、「百科事典にアクセスできなくなる状況」というものが念頭にない。
もしある日突然、百科事典にアクセスできなくなったら、彼らはどうするのだろうか。
もちろん、そんなことが現実に起こる可能性はゼロに近い。

しかしこれは、食糧に関する危機管理にも通じる基本的な問題意識なのである。
米櫃にたくさん蓄えがあるから老後も安心、なのだろうか。
ある日突然、米櫃の中身が、狡猾な裏切り者によって、そっくりそのまま奪われてしまったとすれば、どうだろうか。
もちろん、そんなことは信じたくないだろう。
我が友、或いは我が使用人は裏切らないと信じたいところだろう。
しかし、悲しいかな、危機管理対策とは詰まるところ、裏切られたときでも自力でなんとかやっていけるだけのことを考えろ(という悲観的な対策)に他ならない。

いいですか、「だって書いてあることだから調べりゃすぐ分かる話だよ。」という人間は、非常に温厚で、人間らしく、暖かみがあって、人を裏切る、或いは人が裏切るなどということはつゆほどにもしらない、非常に理想的な人間の在り方に通ずるのだ。

それに引き替え、百科事典に書いてあるからそれでいいはずにもかかわらず、そこに書いてある知識を縦横にむさぼり食い続け、自分の血肉とすることを一向にやめない人間というのは、詰まるところ、百科事典と自分が切り離されることを怖れているなのである。
裏切られる前から、裏切られたときのための対策を講じているのである。
そういう疑心暗鬼な、邪悪な心を持った人間だけが、ひとたび発見した知識を、誰かさんが持っていてくれるからというだけでは安心できずに、自分の血肉とするのである。

考えてみれば、ワンマン経営的な独裁者というのはみんなそうではないか。
裏切られるのが怖いからなんでも自分でやらないと気が済まない。そういう人間は、百科事典に書いてある知識をどんどん吸収するし、それに駆使して色々な、社会的影響力を持つことをしでかすから、博識でしかも行動力も伴った(すばらしい?)人間になるだろう。


さて、ここで終わってしまってはただの皮肉或いは逆説である。

これでは私がただ、「辞書を引くことを億劫がる人間は、人または世界を信じることができる理想的な人間であり、億劫がらない人間とは、人または世界を信じることができない疑心暗鬼に満ちた邪悪な人間である」と主張したいかのようではないか。

もちろん、そのように主張しなくないわけではない。

われわれがともすれば忘れがちな、無意識のうちに隠蔽してしまいがちなほうの極論を、明るみに引っ張り出すことで得られる豊満な知見というものが存在するということを私は信じる。

しかし、ただ引っ張り出してそこで終止符を打ってしまってはやはりそれはそれで悲しい。

逆理を提示するだけというのも楽しいが、それに自ら挑むこともまた私は楽しいと考えるのである。

したがってさっそくこの逆理を解く。

以上の極論には少なくとも一つの不備がある。

分かりますかね?

分かった方、或いはこの記述に興味を持ち何某かを発言してみたくなっちゃった方は、コメントまたはトラックバックにて、筆者にその旨および内容をお伝えくだれば嬉しいです。もちろん、こっそり書く、或いはこっそり頭の中で考えるのは自由です。


わたしの意見は近日中に書きます。

それではお楽しみに。



※「宇宙完全大百科」は、ドラえもんの秘密道具。過去、現在、未来に至るあらゆる知識が掲載されている。
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