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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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忘却の破片 より
2008/11/10(月) 00:38:23
heisanさん

ほりさんは自分の考えに共感しない人に対して
「自分より頭が悪いから理解できない」と解釈をされる方です。
しかしそれでは考え方が独りよがりになってしまい
合理化することにより自己防衛しているものと思います

そういった意味では仲間内で馴れ合うのではなく
率直に意見を述べることができるあなたの姿勢に大変共感しております。
それこそが真の友人と言えましょう。
壁にぶつかってこそ人は成長するものですから。
彼女にとって、あなたが真の友人であることに気付いていただけるとよいですね。

悲痛の極み
>悲痛の極み
率直に意見を言い合える者同士こそ真の友人。
これは現代に限らずいつの時代も同じことです。
心配しながらも自分の意見を伝えようとしたあなたの姿勢に
私は深い敬意を払います。


psycheさん、労いの言葉をありがとうございます。

実は最初、少しためらったのですよ。
私は、そういう励ましの言葉を頂けることを期待して、psycheさんのブログにコメントするんじゃないかと。
或いはまた、そういうコメントをすることによって、ほりさんの側から「抵抗勢力」と一まとめにされてしまうかもしれないことに関する懸念もありました。
私のコメントが削除される理由と、ほりさんがpsycheさんにコメントするなと言う理由は、必ずしも同じでないと思うからです。

或いはまた、それは、久々に味わったこの種の孤独を自分一人で噛みしめるだけの、私の度胸のなさを表しているのかもしれません。


今回のほりさんとの遣り取りの結末は、事実上のコメント禁止という、ある意味ありふれたものなのですが、そこに至るに至った過程については、珍しいものがあると私は感じています。

ほりさんは、これまで、私のほとんどどのようなコメントに対しても、お返事をくださる方でありました。
私は、それはほりさんがとても誠実だからだと思っていました。
しかし、実際のところは少し違っていたようです。

ほりさんは、詮ずるところ、コメントのお返事を返さないということができない人でありました。
このほりさんの(ある意味誠実すぎる、ある意味子ども過ぎる)性格が、現在の、私とほりさんとの確執をもたらしめているように思います。
普通は、仕事などで忙しくてコメントする時間がなければ、コメントしないものです。
また、ある種のコメントには返信しないという姿勢を貫くことによって、ブログ運営の手間を低減させているところもたくさんあると思います。
コメントがなければ、相手も「ああ、忙しいんだな」とか、「返信しないタイプのコメントに相当したのかな」と察するでしょう。
或いは、「いま忙しいので返事できない。時間があるときにまた書こうと思う」とか、「あなたがされるコメントは私にとって理解することが難しいので、理解するための時間がほしい」という一言コメントがあれば、なお誠実でしょう。

しかし、ほりさんは、それができない方でありました。
自分のブログの記事にコメントが付くと、どんなに仕事が忙しくても、コメントへの返信のほうを優先してしまうくらい、過度に誠実なお方でありました。
別の言い方をすれば、私は、「どの程度までならほりさんが憤慨するほどの負担にならないか」を正確に推し量ることができるほど「大人」ではありませんでした。

コメントを見ると返事してしまう。
そのコメントする行為自体は結構おもしろいものだ。
しかし結果として、仕事の時間が奪われてしまう。

こういうループを何度も繰り返した結果、ほりさんは、仕事の時間を確保するために、「(特にコメントへの返信に時間がかかる)私に対する返信行為を拒否する」という、ほりさんなりの断行をされたのだと思います。

もっとも、私にコメントする行為自体に、おもしろさを感じなくなってしまった、ということもあるかもしれません。
自慢になってしまって恐縮ですが、これでもは、初期の頃はかなりおもしろがってもらえていたのですよ。
(※私の書く内容が経年劣化しているのかも(笑)。初期の頃というのは、あまり信頼関係が構築されていませんから、1つコメントする場合のハードルが高いのですね。よっぽどの自信がないとコメントするという行為に至らない。ところが信頼関係が構築されてくると、だんだんと、どうでもよいことまでコメントするようになってくる。こういった傾向が、ほりさんの負担を高めた可能性は否めません。)
「結局、ほりさんにとって、私はお笑い芸人であり、ほりさんを面白がらせることができなくなればその場で切り捨てご免」という対応だったということ風に考えることもできます。邪推ですが。


また、結果として私は、ほりさんにメッセージを交換する手段のみならず、ほりさんのブログに定期的に来訪する方々と気軽にコミュニケーションする手段をも奪われているという側面もあります。
これはこれでつらいことです。


私は最初、コメントを削除されたとき、今後どう対応したら良いかに悩みました。
すなわち、削除されることが分かっていてもコメントを続けるべきかどうかです。

ほりさんの、私のコメントを削除するときの気分が、「荒らし」や「巡回ロボットによるコメント」を削除するときの気分と同等のものであるのならば、私はコメントを続けるべきかなと思いました。
しかしながら、そうではなく、ほりさん自身が罪悪感を全身で感じながら、断腸の思いで削除されているのだとしたら、私がコメントを続けるということは、残酷以外のなにものでもないわけです。

このどちらであるのかを正確に判定する能力を私は持ちません。
だから私は、ほりさんが気づいてくれることを期待することによるプラスよりも、ほりさん自身に罪悪感を与え続けるということのマイナスを回避するという選択を、刻下のところ、しているのです。

私は現在、ある意味、ほりさんから「特別扱い」を受けています。
ただ、これが「優遇」なのか「冷遇」なのかは、解釈の余地があると私は考えたい。

私はこれが「優遇」であると信じて、すなわち、「ほりさん自身、私のコメントを削除する際には、断腸の思いで削除されているのだ」ということを信じて、さしあたってはお待ち申し上げるよりほか、いまのところ私に有効な選択肢はないように思えます。

psycheさん、あなたのおかげで私は自分の気持ちを整理することができました。
このような私のたわごとに付き合って頂き、改めて謝意を表したいと思います。
ありがとうございます。





おまけ:

拝啓 この手紙 読んでいるあなたは
どこで 何をして いるのだろう~

(中略)

拝啓 この手紙 読んでいるあなたが
幸せなことを 願います~

(アンジェラアキ作詞作曲「手紙」より)







追記:
「このどちらであるのかを正確に判定(断定)する能力を私は持ちません。」と書きましたが、ほりさんは私のコメントは削除なさるが、私が送ったトラックバックまでは削除なさらないようです。ありがたいことに。
このことは、ほりさんが、私のトラックバックを、明らかな荒らしや巡回ロボットが送信するトラックバックとは区別されていることをあらわしているでしょう。
したがたって、後者の可能性のほうが、また一つ高いことになります。
私の最終的な判断は、それほど間違っていなかったということでしょうか。
いずれにせよ、「嬉しい発見」です。
コメント
この記事へのコメント
あなたの文章を拝読するたび、彼女と波長が合うのだと思わされます。
それは人間が矛盾しあう2つの感情が持っているように
それらを整理することなくそのまま出力するとでもいいましょうか。
ただ、私ははその後、自分の中で考えを整理することが
議論においては大切であると考えているのですけれど。
そこが議論と雑談の違いですね。

私は教員であろうと塾講師であろうと
根源に流れるものは共通であると考えております。
そういう意味では同じ教壇に立つ者同士
今後も率直に意見をいただけると嬉しく思います。
反論したからといって抵抗勢力などと見なすことなどありませんし
何より率直に意見を言い合えない友人など寂しすぎるではありませんか。
もちろん、私も今後も引き続き率直に意見させていただきます。
あなたに対する賛同も批判も全て含めて。
2008/11/18(火) 01:08 | URL | Psyche #QnynE5qE[ 編集]
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