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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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2ちゃんねると子育て より

「子育ては苦役だ」という言い方も「子育ては至福だ」という言い方も、どちらも正しいと私は思う。
苦役でありかつ至福であるような経験。
もっとも人間的な経験はたいていそういう質のものである。
親の仕事の目的は、子どもが「親を必要としなくなる」ことである。
自分の存在理由を消去するために全力を尽くす。
そのような仕事だけが真に人間的な仕事である。
医者の理想は「病人がいないので、医者がもう必要でない世界」の実現である。
警察官の理想は「犯罪者がいないので、警察官がもう必要でない世界」の実現である。
それと同じように親の理想は「子どもが自立してくれたので、親の存在理由がなくなった状態」の達成である。
そういうものである。
いつまでも子どもが親の支援を必要とするような関係を作ろうとする親は、病原菌をばらまく医者や凶悪事件の発生に歓声をあげる警官と同じように、不条理な存在なのである。
子どもが成長することは親の喜びであり、子どもが成長して親を必要としなくなることは親の悲しみである。
喜びと悲しみが相互的に亢進するというのが人間的営為の本質的特性である。
楽しいか悲しいか、どちらかに片づけてくれないと気分が悪いというようなシンプルマインデッドな人は「人間に向いてない」と私は思う。

親による子どもの子育ての場合は、子どもが成長して出ていたら、それで基本的には終了であり、ちゃんちゃんであるが、仕事の場合は、こうはいかないわけなんだなあ。
「あらゆる仕事がボランティアだったらいいんだよ」と僕が思う理由もまさにココにあるわけでして。

一方で、優秀な仕事をしている人たちのことを思い浮かべてみる。
わたしの頭の中にはいま、一人の著名企業の技術者のことが思い浮かんでいるが、簡単のためここでは子育ての例になぞらえて解説したい。
その人はAという地区で保育所が足りてないことに気づき、その地区の保育所を増やすために懸命に励んだ。
そして、その励みは奏功して、その地区には十分な数の保育所が確保されるに至った。
Aという地区に保育所が十分に確保されることがもう間近という頃に、その人はすでにあることに気づいていた。
こんどはBという地区で保育所がまだまだ足りていないということを。
だから、Aという地区で保育所数が十分に確保されたことを祝う祝賀会の後、その人はすぐにBという地区に足を移してしまった。
これが優秀な人の典型であろう。

優秀でない、せせこましい人の典型はどうなるか。
そういう人は、まず、Aという地区に十分な数の保育所が完成することをなによりも怖れる。
だってそれは自分が失業することを意味するわけだから。
お前はもう用無しだと言われることを意味するんだから。
だからそういう人は、Aという地区に十分な数の保育所が完成することを、裏で阻止することを考える。
これは全体を知っている人間からすればとても滑稽なことである。
前に取り上げた住居の例で言えば、「みなさん家がなくて困っていますね。わたしが建ててあげますよ」と言って親切を装っておきながら、裏では部下に家々の破壊活動を命じていたとすれば、どうであろうか。
たしかに、そのようにすれば、自分の仕事がなくなることは半永久的に防げるだろう。
だが、それはもはや仕事というには値しないと言うべきであろう。
永遠に、自分の仕事のすべてが終了する日のこないことを、自分で保証しているわけであるから、それはもはや、仕事と呼ぶには値しないであろう。

失職の恐怖は誰にでもある。
重要なことは、自分のいまの仕事が一段落付きそうなメドが立つと、なぜかたちどころに次の「解決しなければならない問題」が見えてきてしまう能力を持っているということである。
そういうものが次から次へと見えてきてしまう体質であれば、なにも失職の恐怖におびえて、仕事に値しない仕事に従事するというばかげたことをしなくても済むのである。
であるからして、私たちにとって普遍的に重要な課題とはまさしくこれである。
自分のいまの仕事が一段落付きそうなメドが立つと、なぜかたちどころに次の「解決しなければならない問題」が見えてきてしまう能力というのはいかにしてつちかわれるのか。
いかなる場所でもこのことは重要な意味を持つであろう。
ありていに言えば「問題発見能力と問題解決能力」の前者、「問題発見能力」ということになるけれども、このおきまりの用語を聞いたところで、「はて?」となってしまうので、以上のような御託を要するのである。
問題発見能力とは、例えば以上のようなことである。

みずからの問題発見能力が乏しくて、かつ臆病だととりわけ、マッチポンプ的な、仕事ならざる仕事への誘惑に駆られることだろう。
特に、先行きのみえない、しがない一経営者にとっては、またとない朗報に映るかもしれない。
しかし、その誘惑にのることは、悪魔との契約を交わすことに近い。
この誘惑をいかにして断ち切るか。
人間の重要な何かが問われているような気がしてならない。
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