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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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会議と書類の大学 より
彼らは大学に向かって「まっとうな教育研究をすることよりも、『まっとうな教育研究をしていることを証明する仕事』を優先させよ」と言っているのに等しい。

役人は、「何かを証明することのコストはゼロである」という前提に基づいて、いろいろなことを要求してくる。
けれども、実際には、あることを証明するにはコストがかかる。
ここに齟齬がある。
このコストを、コストとして勘定する習慣を役人たちが持たないのは、なぜだろうか。

そういえば、いじめ問題のときも、当該のいじめ問題を解決することよりも、いじめ問題があったかどうかを論議することのほうに、教委や校長以上の人たちは熱心であった気がする。
それはおそらく、教委や校長以上の人たちは、現場を生きているのではなく、現場を書類で捉える政治世界を生きているからであろう。

書類としか向き合わない人たちは、まずその書類が偽造でないことを、何よりも気にするのである。
だから彼らにとっては、それが偽造でないことが証明されることがいちばん重要なのである(だからハンコが好き)。

「百万円を使途を決める会議において、弁当代でその百万円を使い切ってしまった人たち」さながら、かくのごとき不条理はこんにちも繰り返されるのである。
そんなことをもう何十年も、もう何世紀も、何千年も続けてきたかしれない。
この種の不条理が解かれる日はくるのだろうか?
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