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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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Twitterのぬるま湯につかりすぎると風邪をひく - 鍵壺のWeblog
このエントリの感想.および,私のTwitterでの振舞い.何か気になることがあれば,ブコメでもトラバでもreplyでも何でもよいので意見を下さい.よろしくお願いします.

それでは早速(笑)。


あの人からremoveされたのはなぜ?
Twitterでは,ゆるい繋がりを求める人たちが,気ままに,繋がったり,離れたりを繰り返す.
相手に興味があろうがなかろうが,何かの縁でfollowして,何かの拍子にremoveする.そんな距離感が当たり前の世界.
みんな自然体でつぶやく.それに魅かれて追いかける者もあれば,相性が合わないなあ,とremoveする者もいる.
だから,私は,誰かからremoveされても気にしない.
……だったけれど,こちらが好意を持っていた人に断ち切られて以来,removeを気にするようになってしまった.
よくreplyをくれた人,毎日のようにfavをつけてくれた人,ある日突然,removeされた.何がきっかけだったのだろう.
どれか特定のpostだろうか.一連の独り言が不快感を与えたのだろうか.それとも別の理由があるのだろうか.
どうして私をremoveしようと決めたのだろう.理由が知りたい..

気持ちは分からんでもないよ。
ただ、まず僕が思うのはね、「この手のゴタゴタは、気にし始めると一生終わらない」気がするということ。
少なくとも僕は、この手の話に自分の大切な時間を割いてしまうことのほうに、ある種のもったいなさを感じるかな。
だから、ちょっと考えて分からなかったら、とりあえずそれはそれで置いておいて、別のことをする。
もしかしたら別のことをしているときにまた気づくかもしれないし。

一つの疑問にずっとこだわり続けることは、有意義な場合もあるんだけれど、ことに特にその疑問の原因が「人間関係のゴタゴタ」にある場合は、ほかのことの一切を忘れてそのことにこだわり続けることに、さほど意味はないことが多いように私は思う。
だってそうじゃん。
こだわり続けた結果何が出てくるのよ? クヨクヨとか、自信喪失とか、そういうマイナスのたぐいがどんどん増幅されるだけでしょ? そんなものをわざわざ努力して増幅して嬉しいのかどうか。
私は少なくとも嬉しくない。


炎上が起こりにくいので,極端なことがpostできる.極端なことは多くの人の共感を得ることは難しいけれど,一部の人の心を鷲掴みにできれば,favの数は稼げる.だから,調子にのって,ついつい極端なことをpostしてしまうかもしれない.しかし,そこで生まれた反感は,removeやblockとなって表れる.が,これは気付きにくいのだ.f/fがそれぞれ三桁を越えたあたりになると,removeされたりblockされてもTwitter単体では気付くことはあまりなくなる.だから,こちらに興味を示してくれているなあ,というあの人から,いきなりremoveされてしまうのかもしれない.

だからね、それはね、あれでしょ、「mixiでマイミクを外されたときに知らせが飛ばないことをどう思うか問題」と同じでね、
思わせぶりな人がいきなりremoveを食らわせてきたことにショックを受けるのだとしたら、すでにしてそのことが、自分はtwitterをmixi的に使っていた、ということの証明にもなってしまうわけでね、
「twitterに何を求めているか」に関して、自分が自覚的に認識している基準と、真に自分が認識している基準とのずれがあるってことだよね。

で、まあ、それを知ったとして、「どうしたいのか」だ。それが次の問題として浮上してくると思うんだよね。
「ああ、自分はtwitterをmixi化してしまった張本人だ」ということを知ってしまったときに、どうしたいかということ。

まあこれは遅かれ早かれ、色々なところで、同時多発的に起こって然るべき事なのではないかあと思います。たぶんkey_さんがそう書いてるということは、twitterの利用者母数をぼくは知らないけれども、まあ、例えば10人くらいは同じように感じている人がいると考えてしくはないと思います。
IT系のスキルの乏しい層が大量にtwitterに乗り込んでくるのをまたずして、twitterのmixi化が生じる可能性のあることを示しているという点において、key_さんのご指摘は価値があると思います。


Twitterは、1つ1つのpostがそもそも読まれているかすらわからないので、replyやReTweetやfavがつかないことが、つまらないことの表現にならない。

いや、そうとは限らないと思うんですよね。twitterはさまざまな利用可能性に開かれているので、「postしている人に知られずに読みたい」ということも、しようと思えばできるわけですよね。
そういう意味では、ぼくは新聞に近いのかなと思っています。誰が読んでるか分からない、意外な人が読んでる、などなど。もちろん読み手の母数は桁が全然違うわけなんだけれど、書き手と読み手との距離感みたいなものの構造が、なんとなく似てる気がするんだよね。


楽しいは正義.
だけど,痛みを感じない身体ってうらやましい?
身体が傷付いてしまっても気がつかない.血が流れていることにも気がつかない.
そのままにしておいたら,気付かぬまま意識を失ってしまうよ.

んー、結論から言うと、あなたは傷つきたいんですか、それとも傷つきたくないんですか、ということだよね。

で、それに対するたぶん一般人の代表的な意見は、「結果的に良かったと思えるような傷だけ選択的に受難したい」ではないかと思うんですが、果たしてtwitterはこれを実現するに足るインフラになっているかどうか。
或いは、そういうものを、IT技術を洗練することによってだけで実現可能なのかどうか。
結局人間の側が何らかの意味で変化(成長)しなければ、そういうのは絶対に無理なのかどうか。
そこはたぶんまだ分からなくて、だから今の時点でこの問題に結論を出せている人はいないんじゃないかなと思うんですけれども(いたら教えてー)、どうでしょうかね…。


Twitterは楽しい.ポジティブな感想に溢れていて気持ちがいい.気持ちがいいのはいいことだけど,あくまで短期的に気分を高揚させてくれるもの.Twitterに長くつかってたらポジティブな感想でも,得られる喜びは薄まってゆく.

長期的な視点で見ると,自分の悪いところを改善するチャンスとなるような,ネガティブな意見をもらったほうがためになる..
みんなやさしーから忠告してくれないんだよね。だけど、表面的には傷付くかもしれないんだけど、もっとびしっと言って欲しいんだ。そのほうが後の為になるから。逆に相手のためと思ってびしって言うことが多いんだけど、それを嫌う人もいるんだよね。なんか難しいよね、そういうの。

だからそれはtwitterに限った問題じゃないよね。リアルでもまったく同じ事が言える。人間関係に共通の普遍的な問題なので。
もちろん、その問題が、twitterをうまく利用することによって解消ないし緩和される可能性はある。現にtwitterではポジティブポストが表面化しやすいという特性があるという事実は、緩和の一つの在り方なんだと思うし。


コメント
この記事へのコメント
現状
Twitterに限らず、コメントってのは一種の芸です。
逆に言えば、時流に沿わないツッコミや一言は忌避されます。淘汰されます。
その逆を言えば、「なるほど!」と思わせるツッコミは盛り上げる=KYを読んでるとされる訳です。
ま、基本、社会が非常に惰弱になったなーとは感じていますけどね。
2009/11/04(水) 20:40 | URL | kaiou #uS2JIe22[ 編集]
> ま、基本、社会が非常に惰弱になったなーとは感じていますけどね。

体験が多様化した結果、相対的にそうなった、ということはあるかなと思います。
2009/11/05(木) 07:45 | URL | heis101(管理人) #QyEQ/AbM[ 編集]
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