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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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一人でのんびり会社経営してるけど質問ある? 働くモノニュース :人生VIP職人ブログwww
   もっと安価なサービスが組織的に行われてたら会社潰れる?
    それとも今までのコネで余裕?

    >>30
    んー、本当にニッチな部分だから、これを組織的にって難しい気がする。
   例えばパソコンのレンタルなんて、オリックスみたいな大手がいくらでもいるわけね。

   だけどこういう場所って
   「こちらが指定した機種なりセッティングのパソコン」は貸してくれるけど
   「向こうが出向いてきて、必要なセッティングを考えて貸してくれる」っていう
   ことはまずしてこない。
     
    規模的にも無理だろうし。そこを突いてる感じだね。
   儲かるのは分かったけどそんなに需要あるもんなの?
    ちょっとパソコン詳しいぐらいじゃできないような仕事なの

    >>35
    ちょっとパソコンが詳しければ出来る程度の仕事だよ。
    でも、あるところでは需要がある感じ。
   例えば35が会社員だとして、社長が人前で講演する時のパソコンを
   用意しろって言われたとする。予算は10万円使える。

   ここで、自分の責任で手持ちのPCにいろいろ知恵絞ってソフト入れたり、バックアップ用の
   パソコンを用意したりして、会社の経費10万円を節約するやり方もある。
     
   でも「10万円でそのへんのことをすべて責任を持ってやります」って人がいたとする。
   とするとね、会社員である35からしたら、依頼しちゃっても自分の懐は痛まないし楽なんだよね。
    そういう部分の仕事をしていると思ってくれれば分かりやすいかも。

    >>36
    あくまで一例だけどね。
    ほんと、びっくりするようなニッチな仕事がいろいろあるよ。
    技術があり仲間がいるなら、是非起業してみるといいよ! あまり仕事を限定せず、
    それぞれの人脈で仕事探せば、きっとやっていけるよ。

    そのビジネスモデルはどのぐらい持つと思う?

    >>44
   ビジネスモデルというほどかっちりした仕事内容じゃないからなぁ。
   お客様の要望と時代の変化にあわせて自分の形を常に変えていく感じ。
    そのためにも無茶な投資とか冒険は一切せずだから…。

    >>48
    中古販売は僕もやめた方が良いと思います。というより、業界的に熟成された感のある
   仕事はすべて難しいでしょうね。
   初心者やサポートも難しいかと。理由は、個人が支払っても良いと思う金額と、我々が
   請求しないとやっていけない金額の溝が埋まらないからです。

   「どんな仕事をすれば儲るか」ではなく
   「今、自分達につながりのある人達が求めていること、仕事になりそうなことはなにか?」
    考えてみることをおすすめします。

   起業する前のお仕事について教えて下さい、何年働いたとか業種とか

    >>51
    いろいろやってきているので、起業の役に立った部分だけでも。
    まず、パソコンショップの店頭で販売員を数年やりました。ただ売るだけじゃなく、お客様の
   購入相談に丁寧に応じたり、場合によっては個人的に設置とかネット接続をやりにいったり
    とか。最終的にはここで知り合った人が、起業出来るきっかけとなる仕事をくれました。

    その後、バイト先からの縁で、IT系の新興中小企業に入社。開発とかPC販売から何でも
    来た仕事をやっている会社だったので、ここで何でも屋の基礎を学んだ感じ。
    この頃には起業を念頭に入れていたので、総務とか経理の仕事を手伝って、そう言う部門
    の仕事内容を学んでいました(志願して決算処理を一緒に手伝ったりとかね)。

    アルバイト&派遣でパソコンショップ店頭が3年、IT企業で2年って感じです。

    期間が何年とかよりは、そこで仕事しつつ、起業のために必要な知識や人脈を作るために
    何をするか?だと思います。常に将来の起業を意識していれば、
    どんな仕事でも参考になるし、誰と出会っても人脈作りのチャンスですから。

    一応補足ね。
    パソコンとかITって、新技術がいくらでも出てきてどんどん
    変わっていく業界だから、例えば一度資格を取れば、
    その知識がずっと役立つみたいな感じじゃないのです。
    だから、PCが好きで、新しい技術とかソフトをつい試しちゃうみたいな人じゃないと、
   仕事現場で役に立たなかったりするですよ。

    やっぱり社交的な性格は必要なんだな。

    >>85
    ですねー。
    ぶっちゃけ、ITだとか技術だとかはおまけで、社交性とか営業力だけが
   我が社(というか自分の)財産ではないかな?と思ってます。
    でも、酒飲めないから、のみゅにけーしょんとかは全然です。
    仕事場で明るく、いっぱい話をして、それだけです。

ザッとスレ読んでサービス商売に近いと感じたんだけど金額はどうやって決めてるの?
レンタル先のイベントや企業の規模?
スペックや組み込むソフトによって?

>>86
業界標準があれば、その金額から2割以上安く、って感じです。
レンタルに限定すれば、オリックスみたいなところから機械だけを借りる金額と、お客さんが
最終的にクライアントに請求する金額の中間点あたりを落としどころにしてます。

    資格とか持ってる?
    起業するにあたって勉強すべき事はなんですか?

    >>91
    普通免許しかもってないなぁ。所持資格を仕事で聞かれたことが一も度無いかも…。
    勉強すべき事…。んー、
    漠然として申し訳ないけど、人間と社会を勉強するのが一番。そのためにも
    気になった人とか、尊敬する人がいたら、勇気を持ってその人に話しかけたり、
    ニュースとかになるべく興味を持ったり。説明が難しいな…。

    >>105
   難しいよね。ニートに頼めるような仕事…、例えば開発なりって、実際にやってくれるところ
    がいくらでもあるから。あまりにも単純作業的なものだと、
    今度は単価が安すぎて、やるほうもいやだろうし…。難しいっす。

    >>112
    ああ、気をつけてね
    俺の意見に同調したって事は 
    この考え方の後にやってくる考えは「人大杉→uzeeeeee→っ[BOMB]」
   んで、結局、DQNを駆逐したい→ミサイル飛来や新型ウイルスパンデミック待ち→
   →働けなくなる の連鎖だから。

   僕はSEと名乗れるほどの技術はないけど…。そもそもSEって名乗ったもん勝ちだから、
    君もSEと名乗ればその日からSEだよ!
    ただ、雇われSEをやるなら、ちゃんと資格取って開発経験してって流れが必要になるから、
    とりあえずIT技術職に就職する必要があるかも。

>>110
「人の役に立つ」なんて大層に考える必要は無いと思う。自分が金になる好きな
事をしたら、それを喜んで感謝してくれる人がいる(結果的にね)。そうすると、
嬉しくなって、その人達のためにもう少し頑張りたくなる、そんな感じの循環で
十分かと。

結局、私たちが求めていることというのは、地域社会への回帰なのかな。こういう話を聞くとマジでそう思う。
そういうことを一人一人が暗に求めているから、それが需要となって、その需要にこたえるサービスが登場してくる。

    >>111
    自分の価値観を持っている事って、起業において重要な要素だと思うよ。
    どんな会社にしたい、どんなビジネスにしたい、どんな人たちと仕事したい、
    そういう強いモチベーションがないと、
    面倒な思いしてまで起業する意味ないもんね。

    >>114
    うん、結局は結果。
    つまりは、給料に見合う利益をもたらすことが大事だから、
    手順とかどうでも良くなるよね。
    自分で会社やると、その傾向がさらに顕著になるかも。
     
    ただ、反社会的な仕事とか、
    世の中にマイナスにしかならない仕事は断っちゃうけど。
    これは、それ以前の問題だと思うから。

    >>117
    達観とか諦めって、この社会では意外に
    重要なスキルかもしんないって思う。

    もし宝くじ3億当たったら会社たたむ?

    >>124
    いや、たたまないだろうな。
    仕事仲間がもっと儲けられるようなやり方にシフトしたりとかすると思うけど…。
    仕事したくないといいつつ、一緒に仕事してる人達は好きだから、
   クラブ活動ぐらいの気分で仕事続けると思う。

   ニッチは、ある意味では偶然見つけるけど、同じ物事を見たときに、
   それがニッチなビジネスチャンスと見える人は少ない(だからビジネスとして成立するんだけど)。
    一応、思考のトレーニングとしては、身近な商売に興味を持って、
    その商売がどのように成立しているかいろいろ考えてみる癖を身につけても良いかも。

というよりも、一人一人の感受性のオリジナリティがそのまま仕事に直結している、という感じがする。
だから、無理にトレーニングとか考えるよりも、自分の感受性は何かを突き詰めていったほうがいいような気がする。

   先月まで営業職やってたんだけど人見知りで話下手でやってけなかったから退職した
    どうやったら営業スキル伸びるかガチで教えてくれ

    >>130
    人見知りなのに営業大変だったでしょう。お疲れ様。
    営業スキルかぁ…。
    まずは営業のhowtoとかを一切捨てることかな。
    
    ほんでもって、仕事で会う人一人一人をしっかりと見て、好きになること。
    青臭いけど。 嫌な人だっていっぱいいる。
    クレーマーみたいな人とか、何が何でも値引きさせようとか。
    でもさ、家に帰れば良いおとうさんかもしれない、
    家族を支えるために、少しでも利益をあげないといけないのかもしれない、
    値引きさせて利益確保しないと、その人が上司にぼろくそにいじめられるかもしれない。
     
    一人一人、もちろんダメな人も多いけど、それなりに
    頑張って生きてるから、そう言うことを理解して、
    その人にとって役立つ提案とか、嬉しい話が出来るようになれば、
    よい関係が出来ると思うんだ。

    営業をスキルと考えず、その人と自分の人間関係と捉えて、まず仲良くなれるように
    がんばるんだ。そうすると、自然と人見知りも無くなると思うよ。

皮肉な言い方だけど、howtoにしたがうってのはお客様を見なくて済ますための知恵なんだよね。
そしてその知恵は、一部のお客様にとっては小憎らしく或いは腹立たしく映る。

    >>135
    やっぱり営業なりなんなりで社会で経験積んでいくのが良いかもね。
    自分なんて別段代わりなんて幾らでもいる程度の人間だけど、
   それでも、自分を信用して仕事くれたり注文してくれたり
    そして、仕事で生活のためにやっていることだけど、それで喜んで感謝してくれたり。
    そういう中で、もっとお客さんの力になりたいって思うようになるのかもね。

    ここにシャーペンがあるよね?
    http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-2032.html

   こんなのがあったのだが、これに>>1さんはどんな風に答える?
    ちょっと聞いてみたい・・・。

    >>141
    へー、最近の就職試験はこんなことやるんだな。おもしろいね。
    ぱっと思いつくのはそうだなー。
    「あなたはシャーペンを使いますよね?」みたいなスタートはNGだろうなー。
    使いませんじゃ終わりだから。

    「最近は何でもパソコンで書いちゃいますが、手書きが必要な場面もいっぱい!
    訂正が必要な事も多いから シャーペンはどうしても一本は必要。
    でもたまにしか使わない分、しっかりとした物を持ちたいですよね」
     
    みたいな滑り出しになるかなー。
    あとはそのシャーペンの特徴を見て売り込むことになるかな。
   お客様の生活とか価値観が見えない中で売るのは難しいから、
    本当は「シャーペンはどうしても必要な場面ってあるよね」っていうコンセンサスを
    お客様ととってから、お客様がシャーペンを使いそうな場面を聞いていって
    それにあわせてセールストークを展開するのが王道かなって思うです。

   そんなことより燃え尽き症候群を引きずりまくってるんだけど
    行動力が欲しい

    >>148
    燃え尽きかぁ。
    最終的に何もしなくても食べていけるならそれでも良いと思うけど…。
    結局、「何かやって稼がないと食べていけない」っていう状況にある以上、
    燃え尽きる余裕なんてないかな。

    >>162
    金と技術があるなら、出来ることはいろいろありそうだね。
    僕の仕事スタイルは、金と技術があまりないのがスタートラインで作っているから、
    違ったアプローチでいいんじゃないかな?
     
    僕の場合は、金がないから、すぐにでもお金を出してくれるお客様が
   いる仕事をつないでいくしかなかったけど、金があるなら、
    最終的には必ず当たる!っていう確信のある仕事を始めて、
    徐々に広げていく(最初は赤字でも)っていうスタイルもできるからね。
     
    てか、起業ってこっちのほうが多そうだけど。

金って、あるところにはあるんだよね。いや、金持ちがいるっていう意味じゃなくて、「金はあるんだけどいい人がいない」というような状況は結構あるということ。
そういうところで、予算を消化するために無駄なもの買ったりすることが横行してるような気がする。

そういうところに、「ニッチ」商業を起こそうという人が出てきてくれればいいんだけど、実際には、人脈クラスタが分離してるなどの理由で、まあ一口で言えば、「ある方面Aではとても賢いけど別の方面Bではとてもアホな人たち」というのが存在していて、そういう人たちのところに営業に行くのはいろいろと難しいわけね。
Bの方面でとても賢い人たちは、その手の人脈クラスタのなかでは信用されにくい、とかいう問題があったりするから。

だから根本的な問題は、信用構築をどういうふうにしたらうまくできるか、というところに落ちる。
なんというか、「相手を信用する力」っていうのも能力の一つなのかもしれない。

信用とは何かということをもっときちんと考えてみる必要があるな。これは想像以上に奥深い。

    >>165
    隣の芝は青く見えるっていうのは良くわかるですよ。
    営業が苦手なら、営業が出来る人を見る目だけは養っておくと良いと思います。
   逆に営業が出来るけど売る技術がない人もいっぱいいるから、
   良いコンビが組めたら理想的ですから。

    独立するなら営業力きたえないと駄目だなぁ・・・

    >>168
    そうだね。特に小規模なビジネスを行うつもりなら、自身の営業力はどうしても
    ほしくなるかも。収入の鍵を誰かに依存するのは厳しいからねー。

    でもなぁ、キーワード的に「営業力」って言葉を使っているけど、結構漠然としてる。
    仕事が丁寧で誠実であれば、お客様はまた仕事をくれる。
    これだって営業力と言えるし。

    やっぱり、自分なりのやり方で、お客様や仕事に対して出来ることをすることが、
    最終的には営業力に繋がる気がするなー。
    だから、営業力があまり無いと思っている技術系の人も、お客様に親身になって、
    その技術を活かしさえすれば、お客様は勝手に増えるように思うよ。



くそなモデムがバカ売れした理由についても話す - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
なにしろ聞いたことのない自社ブランドなので、コアユーザ間での世論の後押しはまったく期待できなかった。そうなると信頼性の低さを値段の安さでカバーする商法が一般的だ。しかし、それだと儲けもすくないし、それはそれで競合もたくさんいるから、数量もさほどでない。

そこでぼくが考えたのが当時はだれもやっていなかったおまけソフトの大量バンドル作戦だ。DOS用のパソコン通信ソフト、FAXソフト、Windows用のパソコン通信ソフト、FAXソフト、インターネットブラウザを数量コミットして低価格でライセンスをうけて全部バンドルした。全部バンドルというのが重要だ。それは店頭での質が高くないことが多い販売員でも説明が楽だからだ。ブランド力がない段階では、最大の告知手段は店頭だ。

手に取っただけで、全部のソフトがついていて簡単安心と思えるパッケージづくりに時間をかけた。最終版のパッケージデザインができるまで3回ぐらいダメ出しをして、つくりなおした。製品の発売スケジュールを遅らせてもパッケージの完成を優先させた。
しかし、いくら28000円ぐらいで売ってくれと希望しても、商品力がなければすぐに投げ売りがはじまり値崩れをおこすので意味はないのだが、実際は飛ぶように売れた。むしろアイワ・オムロンの無骨な段ボールの箱よりもユーザは店頭でぼくらのモデムを選びたがり、しかもすぐ品薄になったので、店頭価格は逆に31500円に跳ね上がった。卸価格は変わらなかったから、ショップにとってみたら、あるジャンルの売れ筋商品が突然5割マージンをのっけて売れるようになったということだ。そりゃショップも力をいれて販売する。

パッケージ化というのは重要だね。お客様の判断能力が不足している場合、「お前ら判断能力もっと磨け」と言ったところで始まらない。それは自分の製品についてよく知っている自社側の論理。だからそこで大事になってくるのが、「お客様の判断能力で判断できるような選択肢をお客様の前に開示すること」だ。

現代という時代は、個々人は慢性的な判断能力不足の状況におかれている。
洗剤一つ取っても、どれを買えばいいのかよく分からない。なんで分からないのかというと、買ったあとで自分が確実に納得するであろう判断基準というものが自分の内側に存在していないからだ。
こういうときは、その判断基準とやらを、頑張って勉強して身につける、というのも一つの方法だが、それをするにはコストがかかる。
そのコストを割くのが嫌な場合、どうすればいいのか。そういうときにこそパッケージングは威力を発揮する。

逆に、判断能力あふれる人たちにとっては、パッケージングされている商品は全然魅力的に映らない。むしろ逆だ。ばら売りされているもののほうを、判断能力あふれる人たちは好む。

だから僕が思うのは、あらゆる種類の商品について、店頭ではパッケージ度が5段階くらいに分かれているというパターンが一番望ましいのではないかと。
これなら、商品についてよく熟知している人は、パッケージ度の低い売り場でばら売りされているものを買えばいいし、「全然知らないんだけど取りあえず必要になった」系の人は、パッケージ度の高い売り場でセットになっているものを買えばよい。自分がどのレベルにいるのかが分からなければ、とりあえず5つ全部見てまわってみて、一番しっくりくる売り場を選べばよい。一番しっくりくるということが、自分がそのレベルにいることの何よりの証明だからだ。


で、売り物の最小単位が「モノ」である場合にはこの方法でよいのだが、それが「モノ」ではなく「サービス」である場合は、ちょっと違ったアプローチが必要になってくるのだと思う。
すなわち、放っておいても勝手に客が入る秋葉原のPCショップが小売店である場合は、「モノ」に魂を吹き込んであとは放置、お客様のお眼鏡にかなうことを祈る、っていう「受動的戦略」が必要になってくるわけだけれど、「サービス」の場合は、積極的にお客様のところに出かけていって、どういうことをやってくれる人がいると助かるのかということを詳しくという「能動的戦略」というのが重要になってくる。

それぞれの職場あるいは家で、どういうことに困っているか、あるいはどういうことをやってくれる人がいるとその人たちはありがたいと思うか、金を払ってでも頼もうと思うか、ということは、価値観や生活スタイルが多様化している現代においては、それぞれの職場や家に出かけていって、実際に詳しく話を聞くことで、相手の価値観に少なくとも一時的には同意ないし共感するというプロセスが不可欠だ。

でこの場合の売り物の最小単位は、「人間の行動」だ。「拭く」とか「取り付ける」とか「ボタンを押す」とか「開く」などの人間の行動が最小単位。それをある一定の法則で連結すると、「仕事」になるのだけれど、それを一人で、或いはある職場の人たちだけでやるのは骨が折れる場合がある。
その骨が折れる原因にはいろいろある。職場の人たちの専門的なスキルが根本的に欠けているのかもしれないし、そもそも人間が単位時間当たりに処理できるキャパを超えているからなのかもしれないし、必要な製品が導入されていないことに由来するのかもしれない。
そしてそういったいわゆる問題点というか、困っている感じということに、必ずしも本人たちが自覚的であるとは限らないということだ。
簡単に言えばね、家庭や職場の人たちに「助かるわー」と言ってもらえるような仕事の内容に共通する事柄は何かということ。
ああ、いまの時代になんでコンサルティング業とかがはやるのかがよく分かるね。
そういう意味では、現代という時代は、「営業の時代」なのかなあ。「お客様の価値観に一時的に内在化してみる、その視点でものを見て、どのようなものがあればよりお客さんが一番集中したいことにエネルギーを傾けられるか」ということなしには商品を売ることができなくなってくる時代というか。
別の言い方をすると、いかにして、独特の価値観を持っているそれぞれのお客様の「雑用引き受け係」になれるか、というところにかかっている気がする。

どんな仕事でも、これに集中したいという「本務」と、しかたなくやる「雑用」とがあって、雑用はできるだけ減らしたいと考えている。
こういうときに、ある人にとっては「雑用」であることが、別の人にとっては、「本務」であるというようなことがあり得ると思うんだ。
というより、ある人にとっては「雑用」であることを、自分にとっての「本務」であるというふうに引き受けることのできる人だけが、自ら商売を興すことのできる人である気がする。

どんな仕事も、別の人から見れば、「雑用引き受け係」にすぎない。
「雑用引き受け係」というと、すぐに、掃除やコピー取りみたいな仕事が思い浮かんでしまいがちだが、広い意味では誰もが「雑用引き受け係」なのだ。
たとえば、総理大臣は公僕である。総理大臣はものすごくハードスケジュールで、誰でもできる仕事ではないことは確かだ。ああいうめんどくさい仕事を私たち国民は、税金を払って総理大臣にやってもらっているのだ。
総理の仕事は、私たち国民にとっては、できれば誰かにやってもらいたい「雑用」であるが、総理本人にとっては、「これこそ私の本務」である。
これはあらゆる仕事について言える。一見クリエイティブな仕事とされている芸術家やスポーツ選手などもそうだ。「なにか凄いパフォーマンスを見せてくれる人がいるといいんだけど、いないかねえ?」って古代の王様たちは叫んだ。そこに、仕事のない乞食たちが集まってきて、必至に踊ったりして、王様たちを楽しませた。現代でも同じである。私たちはみな誰かに仕える乞食なのである。この世に真にクリエイティブな仕事なんて存在しない。それがクリエイティブに「見える」のは、「独自性が打ち出されていないとお客は楽しまないことが多い」という経験則があるからに過ぎない。本質は、それが独自性を保っていることではなく、「見るものを楽しませているかどうか」にあるのだ。


では本務とは何か、雑用とは何か、本務と雑用を分ける境界線は何か、ということになるんだけれども、結論から言えば、自分の判断能力・遂行能力に符合する仕事は「本務」で、そうじゃない仕事は「雑用」だ。

古典的な価値観では、「雑用」とは、めんどい仕事、誰かがやらなくてはいけない仕事だが、私の言っている雑用はそれとは違う。
そうではなく、「自分には手に余る仕事」である。
たとえば、一つの家や一つの部屋を掃除するくらいなら、一人でもできる。めんどくさいと感じるかもしれないが、しようと思えばいちおうできるし、それによって他の用事が制限されてしまうこともない。
しかし、掃除しないといけない部分の面積が馬鹿でかければ、一人ではできない。それを一人でやろうとすると他の用事が制限されることになる。「自分には手に余る仕事」になってしまう。
こういうときに、その手に余る部分を一挙に引き受けてくれる人が現れてくれるととても助かる。


ということは、これからの時代はやはり「営業の時代」になるのではないか。そしてこれを規定しているのは、「価値観が多様化した」ということである。
ところで、「営業の時代」になることを危惧するような声がないわけではない。たとえば次の記事はそのようにも読める。

なぜ三流の専門学校は「コミュニケーション能力」に走るのか(大学がコミュニケーション能力に走るのはまだわかるが) 2009年06月02日 - 芦田の毎日
   クルマの営業がクルマを売るためにどんなにクルマのことを「知る」ことになっても、またその経験を何十年と重ねても、だからといって彼がクルマを作ったり、整備したりすることはできない。しかし彼がクルマを作ることが「できない」、整備「できない」ことはそれ自体、彼の営業成績とは何の関係もない。

   「商品知識」というのは、専門的な勉強と関係なく身につく知識のことを言う。〈営業の知識〉はむしろ限りなく〈ユーザーの知識〉に近い。だから、専門的な勉強を何もしていない大学生の仕事のほとんどは営業の仕事しかないのである。工学部を出ても営業職につく学生がいまや何と多いことか(苦笑)。

営業職につく学生が増えるのは、価値観が多様化して需要の質が変化したことが原因であって、学生が専門的な勉強をしていないことは、少なくとも直接の原因ではない気がする。
(余談:ちなみにこの芦田さんの記事をもとに、以前にもこのブログで一度記事を書いている。

社会の需要に対して適切な供給ができているのならそれでいいじゃないか、という見方もできる。

でも、この人(芦田さん)の気持ちも分からなくはない。専門的な勉強をしてきたことの社会的な需要が減るということは、そういう技術の継承者が減るということだ。激減の度合いによっては、後世に受け継がれない技術が出てくるかもしれない。そういうのは、技術屋の立場からしてみるととても悲しいことのように思える。

また、社会全体からしてみても、営業の過程で、お客様がほんとうに必要としているのは専門的知識だった、なんて場合が出てこないとも限らない。そういうときにきちんとそういう専門的知識を供給できる体制を整えておくことは、技術屋の立場からは重要なことなのではないか。

では、お客様がほんとうに必要としているのは専門的知識だった、なんて場合は、いったいどれくらいあるのか、どれくらいの頻度で起こるのか。
社会が複雑化して、医学も法学も理学も、ますます専門的知識が必要になってきている一方で、お客様ベースで見たときには、「困っていることは専門的知識の不在ではなく、むしろ、情報が、私たちの判断能力に見合うようにうまくパッケージ化されていないことなのだ」というようなケースは実際多い。

簡単のために、以下、技術屋と営業屋の二分法で話を進めるが、つまり、技術屋は技術屋で人が足りない、学ばなくてはならないことが多すぎる、と思っている一方で、営業屋は、「お客様は実際そこまでの専門的な事柄は必要としていない。いま必要なのはむしろ適切なパッケージ化だ。」と思っている。

資本主義経済の原理からすると、お金を払ってくださるのはあくまでお客様なのだから、営業屋の言い分に分があるような気がしてくる。「なんやかんや言うてもやな、お客様が買ってくださらなければ、私たちは食っていくことができないんだ。お客様の満足を最優先するのは当然のことだろJK」。

営業屋の仕事の本質が、自社の商品の最小単位の適切なパッケージ化(すなわち、お客様の判断能力に符合するようにうまく)最小単位の適切な組み合わせを見つけること)にあるのだとすれば、技術屋の仕事の本質は、最小単位それ自体に磨きをかけることであるような気がする。自社の商品の最小単位の定義はいまのままでほんとうにいいのかどうかを問うのが技術屋の仕事の本質であるような気がする。

最小単位がショボいために、いかなる組み合わせをもってしても、お客様を満足させることができない場合には、最小単位を磨くことが然るべき経営判断になる。実際、高度経済成長の時代やそれ以前の時代においては、こういうケースが多かったのではないか。だから最小単位を磨く技術屋の競争が、売り上げのランキングに大きく影響していた。
しかし今は違う。今はパッケージングのほうが売り上げのランキングに大きく影響する時代である。つまり、技術屋の努力よりも営業屋の努力のほうが売り上げに大きく影響する時代である。
こういう時代には、どの会社もこぞって営業に力を入れるのは理の当然と言える。

営業という言葉が、今日、どこか世間一般には否定的なニュアンスで捉えられていることがあるのは、たぶん、営業屋の身勝手な「押し売り」が原因だろう。つまり、お客様の価値観に視点を移すという手間のかかる(けれども必要な)作業をすっ飛ばして、勝手に「お客様の価値観はこうに違いない」と営業屋が思いこんだままお客様との対話を続けた結果、お客様に愛想を尽かされたという事例がかつて頻発していたことの名残である。
コンサルティングという言葉のほうがはやるのは、あるいは、営業という言葉に否定的なイメージがこびりついてしまっていることに起因する嫌悪感からなのかもしれない。

営業に重点が映るのは時代の流れであって、とめることはできないし、またとめるべきでもないと思う。でもそれによってそれぞれの会社の技術屋が持つ技術が廃れていくこともまた避けなければいけない。つまり、商品の最小単位がショボくなることを避けなければいけない。いまという時代、というよりも、ここ十年二十年くらい、つまりモノが売れなくなってきた時代というのは、かつて技術屋が、最小単位をショボくなくするためにエネルギーを注ぎ込みまくった高度経済成長時代の名残なのではないだろうか。かつての技術屋は、かつてのノリに愛着があるために、なかなかそのノリを捨てることができないのである。
最小単位がショボくなることは確かに問題だ。だが、価値観が多様化している時代において、顧客が求めているのは、「立派すぎる最小単位」というよりかはむしろ、「その立派さが素人の自分にも分かるくらいにまで適切にパッケージングされていること」である。最小単位は、ショボすぎると顧客に愛想を尽かされるが、立派すぎると今度はその立派さが素人である顧客には伝わらない。結局、立派さが分かるのは一部の高度専門職にある技術屋のみ、という状況になる。そして、多くの素人顧客から、「あいつらのやってることは仕事でもなんでもない。ただの自己満足だ。」とヤジられることになる。そして職人肌の技術屋さんと多くの素人顧客との間に対立が生まれる。そしてこの対立を調停することができるのが、独特の価値観を持つお客様それぞれの視点に立って商品の価値を判断するという七面倒くさい作業を怠らない「新しいタイプの営業屋」なのである。

上で引用したVIP職人ブログの記事の例で言えば、例のPCレンタル業をやっている人のウリは、「一部の独特の価値観を持つお客様の視点に内在化できること」である。それができる人が少ないことが、結果的にこの人を食わしめている。

今後、こういうタイプの、お客様のマニアックな価値観が分かることをウリにする商売の形態は増えていくことだろう。考えてみれば、マニアックな価値観が分かることをウリにしているのは、何もPCレンタル業だけではなく、サブカルチャー文化で盛大に取引される商品の大半はその類だ。そういう意味では、サブカルチャーの文化は市場形態的には時代の先端を行っているのかもしれない。


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