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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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CDの聴き方・授業の受け方 - 考えるのが好きだった
あ、すみません。変な追記をして。 (ほり(管理人))
2009-06-06 16:16:12
>やっぱり虫歯を治したほうが,教師にも「やった!」という達成感があるんでしょうね.

これが害毒ですね。
よく書いているけど、今は、学校が「教員が仕事をする場」になっているということです。
特に、「生徒に達成感を与える」と言う名目のもと「生徒に達成感を与えた自分(教員)が達成感に埋没する」って感じ。

これを思い出した。

慨嘆 - Freezing Point
古臭いルーチンをこなしていると、「仕事をした」とみなされ、ねぎらわれる。
本気で内在的に取り組んで身を切るような言説生産をすると、趣味と思われる。
「何をすれば仕事をしたことになるか」の判断を、みんながサボっているのだ。

「私は仕事をしてます」という記号を外部に発しながらする仕事とそうでない仕事があり、そうでない仕事は、はたから見ると働いていないように見える。
中身がなくても、働いているように見える動きは、優先的に実行されることになる。

人の目を気にする文化のデメリットである。

人の目を気にする文化は、メリットとして機能することもあるが、それは、一見仕事をしているように見えることが実際に仕事をしていることに一致しているときだけであり、今日のように、外見と実際との間に乖離がある場合も少なくない状況下では、逆にデメリットとして機能してしまうのである。(下記も参考になる。)

ほんとうにだいじなことは目に見えないんだよ - Kousyoublog
これは昭和二十年代のことなのだが、岩手県の農民は概して、農閑期でも早起きだった。「そんなに早く起きないと間にあわないのか」と聞くと、「いや、じゅうぶん間にあうのだが、早く起きて雨戸を開けておかないと、隣近所から怠け者だと思われるから」という返事がかえってきた。「では、雨戸だけ開けて、また寝ていればいいじゃないか」というと、「いや、カマドをたいていないと、上から煙が出ないから、すぐわかってしまう」というこたえだった。それでみんな睡眠不足になり、過労におちいっている、というのである。
(「「世間体」の構造 社会心理史への試み (講談社学術文庫)」(P20-21))

これは平成二十年代のことなのだが、東京都のサラリーマンは概して、不況期でも終電帰りだった。「そんなに遅くまで仕事しないと間にあわないのか」と聞くと、「いや、じゅうぶん間にあうのだが、遅くまで残ってエクセルを開いておかないと、上司同僚から怠け者だと思わ(以下略)


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