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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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裁判員法に関するメディア問題を議論しました! - MIYADAI.com Blog  
宮台◇ 「開かれた」という言葉がマジックタームになっています。

確かにな。なんでもかんでも「開かれる」 ことがいいとは限らないのに、「開かれた○○を実現」とか言うと、なんかいいように聞こえてしまう。
そこが問題。
思うにこれは、「裁量権が独占されていることに原因がある」となんとなく考えていることの反映ではなかろうか。
ほんとうの原因は、裁量権が独占されていることだけではないのに、あたかもそれがすべての原因であるかのように錯覚してしまう。

「とりあえず今裁量権を持っている奴が持つべきではないのは確か」みたいなことは、現状に関する不満から演繹されることである。そして我々は、現状に関する不満の部分に比べて満足の部分には関心が向きにくいから、「今アイツが裁量権を独占していることからくる恩恵」みたいなことは、勢い忘れがちになる。
だから、「とりあえず今裁量権を持っている奴が持つべきではないのは確か」というテーゼばかりが正しいことであるかのように感じられてしまう。そしてこのことはそのまま、「裁量権を獲得するゲームのしきり直しをすることが必要」との世論を喚起することにつながる。
なんどしきり直しをしたって、不満がゼロになるわけではないのにね。

多くの人は、「どういうふうにゲームのルールを工夫すれば、より全員の不満を最小化するような奴に裁量権がわたるか」ということには無関心なんだ。
「そういうこと考えるのうぜーじゃん。もう一度さいころをふり直して、当たりが出ればそれでいいことよ」と考えてしまう。
だから、偶然的に「当たり」が出ることを期待して「しきりなおし」を所望する。ギャンブルと同じである。

当たりが出る確率を高めるための努力をせずに、「神様におまかせ」しちゃうことで結果的になかなか幸福になれないっぽい、というのは、宝くじを買う心理と似たようなものがあるのかもしれない。

そもそも、「開かれた司法」における「開かれた」の意味は、「開かれた政治」と同じで、参加民主主義を指します。参加民主主義には、統治権力側のディスクロージャー(情報公開)が不可欠です。ところが「バイアスがかかっちゃいけない」との名目で、情報は市民に開かれない。十分なディスクロージャーがない状態で、市民にどんな判断をしろというのかということです。結局のところ、市民参加の見かけは正統性の危機に対応する工夫にすぎず、判決については従来どおり内容を制御したいという当局側の意欲がモリモリ表れています。「参加はさせるが情報は与えない」というのが、裁判員制度の特徴です。これは、いわばペテンです。 
 
この手のペテンって他のところでもモリモリ現れてるよね。まえに記事で書いたけど、「投票に行こう」と叫ぶだけではまったくの無意味。むしろ有害。「どういう人に投票することが自分たちを幸せにするのか」ということを踏まえた判断の基準を持っていない人間に投票行為を促すこと自体が犯罪的なわけだが、なぜそれをみんな犯罪的だと言わないのだろう。
「“どういう人に投票することが自分たちを幸せにするのか”に関して普遍的な基準は存在しないのだ、個々人の無知と無教養に基づく素朴な感情の多数決的な集積が結果的には国民総幸福量の最大化を導くのだ」という信憑はどこからやってきたのか。そこが分からない。

思うに、この問題は、賢さとは「必要な情報をかき集められること」と「その情報をもとにどんな推論ができるか」という二段階の構成になっているという事実に関して無関心な人が多すぎることに由来しているように思う。

必要な情報を取ることが許可されていない人は、どんなに賢くても適切な推論をすることができない。ここで、「ほんとうに賢い人はどんな状況下でも、与えられた問題を解くことができるはずだ」という、「賢さ」に関する間違った理解をしていると、必要な情報を与えないことで、賢い人を賢くない人よばわりすることができてしまう。


宮台◇ こうした場合の考え方ですが、組織も一枚岩ではないことを認識する必要があります。例えば、同制度を発案したとされる原田明夫・元検事総長ご自身が「現行の制度には問題がある」と言い出しました。たとえ公的な理由で裁判員制度が発案されたとしても、法案化のプロセスで権益まみれの法務官僚や司法官僚がうごめき、どうせ制度ができるのなら自分たちの都合のいいものにしようと画策した結果、こうした制度ができ上がった可能性があり得ます。原田明夫氏ご自身はこんなペテン的な制度を予想していなかった可能性があるのです。一口で言えば、官僚が法律文書を作る際に発揮するリテラシーの凄さゆえに(笑)、国会議員などが気付かないレベルで権益が書き込まれていくというわけです。  

ああそうかー、そういう可能性もあるのね。僕はてっきり、死刑制度を実質的に無効化するためのものとばっかり思ってた。
でも、元検事総長が考えていた「現行の制度の問題」っていったいなんだろう。すぐに思いつくのは、「死刑制度がいまだに存置されていること」くらいだけど…。


宮台◇ これまた一言でいえば「統治権力の側が市民を信頼していない」ということに尽きます。「開かれた」と言っても、市民を信頼して任せるのには程遠いのですね。「保護しなければいけない」というパターナリズム(温情主義)もそうだし、「市民のお粗末な議論が交わされる評議の経過が公開されては司法の正統性に傷がつく」という心配もそうです。要は「市民をバカにしながら、利用している」わけですよ。そのことに、まずはマスメディアが気づく必要があります。  

マスメディアが、という部分を強調しておく必要がある気がした。


宮台◇ 統治権力と市民を分ければ、マスメディアは市民メディアであり、統治権力を監視する機能を果たすことが責務です。 

うん。


ところが日本のマスメディアに弱みがあったわけですね(笑)。 
 
? 「弱み」ってなんだろう? 具体的に。・・・(表だっては)言えないこと?(笑)


「平木見解」7項目の大半は、市民メディアが統治権力に利用されたり弱みを握られたりしないように、日頃から遵守して然るべきものです。ところが改めて裁判所に指摘されてみると、日本のマスメディアが如何に出鱈目だったかが分かります(笑)。本来なら統治権力側がマスメディアに注文をつけるのはおかしなことですが、注文内容が市民メディアに要求される当たり前の基準なので、おかしさを批判しにくくなっています。  

?  「注文内容が市民メディアに要求される当たり前の基準なので」っていうのはどういうことだろう? 予定調和的な、およそ注文の名に値しないようなことしか注文できない、ということを結果的に意味するものであるんだろうなあとは予想できるけれども・・・。


一方、裁判員法自体を見ると、行政官僚の法案作成能力の低下を示す事例をここにも見出せます。守秘義務に違背した裁判員に重罰を加えることは、従来の法的権益の維持に貢献すると見えて、実は微妙です。というのは「人柱」になる覚悟で同法の問題点をチェックする裁判員と報道機関が現れた場合、彼らの指摘が極めて適切なのに重罰に処することになり、裁判員制度の守秘義務に関する正統性が一発で崩れるからです。メディア側は、制度上の大問題が生じた場合に「人柱」覚悟で告発して処罰された者(裁判員や取材者)を、相互扶助で助けられる仕組を作っておけば、告発の敷居を下げられる。この程度のベタな枠組で正統性を維持しつつ市民を操縦できると思い込む当局の頭の悪さが印象的です。  

「人柱になる覚悟で 問題を指摘する主体が出現すると、重罰化ですべての違背は防げると踏むすべてのもくろみは崩壊する」ってのは、なにもこの場合にだけ言えることではなく、もっと広い意味で言えることだよね。
まあ、その「当局」とやらが、「重罰化ですべての違背は防げる」ということを当然のように考えて、その上でしか作戦を練らないというのは、何も今に始まったわけではないわけでして…(笑)。

というか、「重罰化ですべての違背は防げる」と考えていること自体が、市民を小バカにしていることの何よりの証拠でもあるわけで…。

いい加減、「人柱になる覚悟で行動する人はいる」ということを学習すべきなんだとは思うけれど、それができないのは、「そんな覚悟が持てる奴が出てくるのは例外的なことにすぎない」という仕方で思い上がっているからかな?

「自分だけが賢いのだ」と思いたい、そう思っていないと自分のアイデンティティが崩れてしまうような、ひん曲がったアイデンティティの持ち主が、選択的に「当局」とやらに集まっていると、そういうことなんでしょーかーねぇ?

或いは逆か。当局に入ると、どんな人間でも、そういうふうにアイデンティティをひん曲げられてしまうのかもしれない。そういう文化が当局にはあるのかもしれない。それが池田信夫先生が指摘する、「非公式の最高権力」が最高権力たりえてきたことの傍証になっているのかもしれない。


宮台◇ 記者クラブだけに開かれた会見は、統治権力が気に入ったメディアだけ集めて好きなことを喋る仕組で記者会見の名に値しません。役人や政治家が「俺の気に入らないことを書いたら明日から出入り禁止だ」と言い、記者クラブが唯々諾々と従うのだから、市民メディアとしての監視機能が働くはずがない。枠組を変える必要があるのは明らかです。メディアが立法・行政・司法に対峙する第4の権力として統治権力を牽制する意気込みがあるのならば「会見を記者クラブ相手だけに開くのはやめろ」と主張すべきですが、主張しないのを見ると、新聞やテレビは、記者クラブの既得権益に安住するだけの粗大ゴミです。 

ああこれ、いつか神保さんが言ってた、現行の記者クラブ制度の問題点ね。
「俺の気に入らないことを書いたら明日から出入り禁止だ」っていうのが「弱み」に相当するわけか。
でもさ、「出入りを禁止する権限が、役人や政治家の側に存在する」ってことは、自明ではないよね。自明ではないどころか、かなり不自然な掟だよね。

記者クラブには会見の情報を独占できるという既得権益があるから、記者クラブの人たち自体が、その既得権益を手放したくないだろうな、「開かれた会見の実現」は大切だけど、それが実現されてしまうと自分たちの既得権益がなくなってしまうから、そういうことはあまり言わないようにしようというこすい(=利己的な)打ち合わせが裏でなされているのであろうということは理解できる。

結局のところ、出入りを制限する権限は、どこに、誰にあると言えるのだろう。
その権限が役人や政治家にあるのであれば、役人や政治家は、「ヘンなこと書いたら出入り禁止にすんぞ」って圧力をかけることで、ヘンなことが書かれることを抑制することができるのは分かるのだが、その権限は、「あのー、僕たち新しい記者団なんですけどー。会見に参加させてもらえませんか?」って新しく来た人たちを拒むことができる権限をも含んでいるのだろうか。
そこらへんがどうもよく分からない。


宮台◇ この番組でも扱った重大な問題ですが、警察から検察に送致された事件のうち、起訴されて有罪となり収監されるケースは3%以下です。他方、起訴された事件は99%以上が有罪判決を受けます。司法判断の実質を担っているのは、裁判所でなく検察なのです。検察の起訴が裁判所の有罪に相当し、不起訴が無罪に相当し、起訴猶予が執行猶予に相当する。裁判所が行政権力に過ぎない検察に完全にぶらさがっていることを、日本の市民は知らないでしょう。起訴状一本主義の対審制――裁判官が起訴状以外の情報を一切知らぬ予断なき状態で双方の言い分を聞いて審判する――という建前は、完全に虚構なんですね。 

ふーん…。三権分立も実質的には怪しいということですかな。


宮台◇ この番組でも繰り返し扱いましたが、検察や裁判所を含めた統治権力が正統性の危機に陥っている現状があります。典型が、小沢秘書の逮捕問題が検察の思い通りに運ばなかったことです。今後も検察に限らず、統治権力がこうした見込み違いによって威信喪失の墓穴を掘る事態が間違いなく頻発します。いったいどんなパラメータが変わったのか。答えは「インターネットの口には戸がたてられない」。今回の小沢秘書問題もそうですが、統治権力が記者クラブをコントロールしたところで、記者クラブメンバーの新聞やテレビが報じない情報が山のように流れます。このマル激もそう。現行の仕組の下でマスメディアを信用するのは、馬鹿だけです。その意味で、歴史の流れにうまく棹差せば、従来のマスメディアに変わる信用を獲得するチャンスが、インターネットメディアにはあります。  
宮台◇ 情報は物財と違い、才能のない百人と、才能ある一人が、有意義な情報をめぐって競争し、一人が百人に勝ちうることです。情報の世界にはいつでも下剋上のチャンスがあります。「既得権益にぶら下がって生き残る」戦略には臨界点があるのです。「ここで乗り換えないと、勝ち馬に乗れない」というラインがあるわけです。既存のマスメディアが新しい勝ち馬に乗り換えることを決断するべき時期が迫っているのではないでしょうか。
 先ほどの「人柱」戦略に加えて、メディアの方々に採っていただきたい戦略があります。僕は、ラジオで裁判員制度に対する反対キャンペーンを張るべく、青年団(平田オリザ代表)にお願いして、ラジオドラマ(『あなたは人を裁けますか? 宮台真司と考える裁判員制度』)を作っていただきました。この作品が2008年ギャラクシー賞で選奨を取りました。そこで感じたのは、映画なり演劇なりといったフィクションを使えば、裁判員制度の運用がどんなに酷いことになっているのかという実情を描くチャンスが与えられることです。実在の事件に触れずに問題を追及する方法もあるのです。あらゆる方法を駆使するべきです。   

うーん…、以上のお話を聞く限りでは、「原田元検事総長が官僚と国会議員たちの操縦に失敗した。そしてその失敗の尻ぬぐいを、国民全体からランダムに抽出された一部の市民が強制的に負わされている」というストーリーにしか聞こえないんだけど、どんなもんなんだろうか。



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