@heis.blog101.fc2.com

分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

科学者の考え方と勉強の基本 - 考えるのが好きだった
今、広く行われていると思われるようなドリル的な効率重視の学習法で、今後、見込みある学者が生まれるのだろうか。私は危惧する。

それで、このようなことを言うと、必ずや、「勉強は学者を作るために行うと、この人は考えているな」と読み取る人がおられるだろう。その考え方そのものが、学校の勉強をますます歪曲させるのである。

勉強に、科学者のようなプロも素人もない。全てが同じ道を歩むものである。

さて、どんなもんだろうか。


義務教育は工員教育 -勉強を遊びの一つと思えない人たちが教える側に回るとどうなるか@heis.blog101.fc2.com へのanykeyさんによるコメント
これは、学校に求められてる事が2つある事から生まれてる弊害に見えますね。

1つは普通にまともな学者を育てるという目的
もう1つは社会人として真面目に会社で仕事ができるように躾けるという目的です。

義務教育という部分で言うと、特に言った事を言われた通りにちゃんとこなすという工員的部分を躾ける部分が大きいです。
(自分で新しい事を考えてそれをスケジューリング化して実践するという指導者、開拓者的部分は四年制大学で学びます)
#そもそも学校が生まれて子供を学校へ押し込める事になった目的が、(子供からの労働の解放もあるけど)子供のうちに工員としての基礎教育を行っておくという、産業革命以降の国策に寄る所が大きい訳で

で、その後者の部分というのを表だって説明していない、というのが面倒なんですね。まぁ学生に向けて「お前達が工場で文句言わず働けるように今から躾けてるんだ」みたいな事は言えませんわな

なので、大学に行けるだけの意志と学力と資産がある学生を集めるなら、そういう工員向けの苦役を強いる形の学習はそんなに必要無いんでしょうけどね
あー、でもそういうエリート校が出来たらムカつくでしょうね。自分は行けないでしょうから

道の駅に見る高校進学率 - 考えるのが好きだった
 何かの本で読んだ。日本では、農業をしていた人であっても、近くに工場が出来れば工場へ働きに行くことが出来る。工場の仕事をすることが出来る。しかし、アフリカなどでは近くで放牧農業を営んでいる人たちを工場労働者として雇うことができないらしい。工場で、指示された仕事をする、と言うことが出来ないというのだ。その本の著者は、子ども時代に教育を受けていたかどうかによる違いであると述べていた。さもありなんと思う。  

不適格教員からひとこと - 内田樹の研究室
研修導入の根拠の第一には「企業で戦力として使える人材となるように教育してほしい」という財界の要請を挙げられている。
あのですね。それはちょっと無理があると思うわけですね。
大学の教師のかなりは彼ら彼女ら自身が「企業として戦力として使えない人材」である。
その社会的不適応性ゆえに、大学という「逃れの街」を選んで、そこに逼塞しているという切ない事情だってあるわけである。
そういう方々にいきなり「経済界の要請に応えてほしい」と言われても無理な話である。
当然、研修内容は「従順で、専門能力が高く、現行の統治形態に十全の満足を覚えており、資本主義のさらなる発展に寄与し、雇用調整でクビにしてもにこにこ笑ってくれるような企業にとって好都合な学生を育てる教育はいかにあるべきか」というものになるほかないが、繰り返し申し上げているように、このような研修内容をすらすらと理解して、ただちに行政の指導に従って、おのれの教育理念や教育方法を「改善」してくれるような現実感覚の持ち主であれば、おそらく大学の教師はしていないであろう。

青木久子、磯部裕子、大豆生田啓友『教育学への視座-教育へのまなざしの転換を求めて-』p40-41
歴史を振り返るならば、そもそも「学校」という空間が成立したのは、たかだか200年ほど前のことであり、私たち人間の歴史の中では、「学校」は極めて新しい空間でしかない。しかし、この空間は、その誕生以来、瞬く間に私たちの生活の多くの部分を占め、多大な影響を与える空間として君臨していくようになる。
今からほぼ200年前に、この「巧妙でかつ優れた方式」を考案し、普及に寄与したのが、イギリスのランカスターである。
なぜ、こうした方式が考案され、普及するに至ったのか、
新しい「資本制社会」の確立によって、社会のシステムが変化すると、それに適応する人材が求められるようになるのは当然のことである。たとえば、生産工程が機械化された工場においては、もはや熟練した生産者は必要なくなり、求められるのは、このシステムに順応する勤勉で従順な労働者たちであった。そして、多くの「勤勉で従順な労働者」と一握りの「経営者」という構造こそが資本主義経済を支えるシステムであった。これまでの社会には存在しなかった多くの「勤勉で従順な労働者」を育成することは、「新しい社会」の構築と存続のためには極めて重要な課題であったのである。
 こうした社会の要請に応える人材を育成するにはどうしたらよいのか。これまでの徒弟制や奉公といった個別ののんびりした育成方法ではなく、徹底したしかも効果的な教育をするにはどうしたらよいのか。社会が抱えたこうした大きな課題を可能にする場、その空間こそが他ならぬ「学校」だったのである。

農耕社会から資本制社会への移行にともない、「求められる人材」にダイナミックな変化が起きたから、ということのようである。
「勤勉で従順な」という部分を強調しておきたい。
自分で物事を考えられる人間の育成、主体的に行動できる人間の育成ではなく、あくまで、勤勉で従順な人間の育成であったことを、強調しておきたい。

やや余談になるが、「のんびりした育成方法」で思い出すのは次の一節である。

吉田武『虚数の情緒 - 中学生からの全方位独学法 -』p.vii
著者は、現在の日本型教育の最大の問題点は、「教え過ぎ」の一言に集約されると考えている。十分な理解を得る暇(いとま)もなく、次から次へと大量の法則、公式、事例などを、これでもかと流し込んで行く。

徒弟制などの個別ののんびりした育成方法に戻したほうがいい、ということだろうか。
あとで言うことの先取りになるのだけれど、たぶんこれは、「『システムへの信頼が、先生への信頼を免除する』という誤解」が広まっていることへの警鐘を鳴らしたものであるというふうに理解することができるのだと思う。もし、教育という営みにおいて、単にシステムへの信頼というものに依拠することによって、先生への信頼をまったく免除してしまうということがもし可能なのであれば、学校と自動車学校はまったく同じ様相を呈していなければならないが、実態はそうなっていない。(このあたりのことは、内田樹『先生はえらい』に詳しく書いてある)


青木久子、磯部裕子、大豆生田啓友『教育学への視座-教育へのまなざしの転換を求めて-』p43-44
限られた人々のためのものであった「学校」が、いつから今日のようにすべての人々を対象とする場と変化したのだろうか。学校が数多く設立され、人々に学校の門戸が開かれたとしても、それだけでは「学校」は大衆化しない。

ごもっとも。それほど豊かでない一般市民(庶民)にとって、子どもを学校にやらすことは、金もかかるし、なにより、家庭の労働力を奪われることを意味するのであるから当然である。当時まで、子どもを学校なんぞにやらそうと思うのは、学校に支払う金があり、家庭の労働力として働く必要性から子どもを解放することができるくらいの経済的余裕のある家庭に限られていたというのはごく自然な話であろう。

「お父ちゃん(お母ちゃん)を見習って働け。いずれはお前もお父ちゃん(お母ちゃん)みたいにならんといけんのだぞ。」というのが、古来より子ども一般に陰に陽に求められてきた、普遍的な「成長への要請」ではなかったかと思う。


そこで、各国が学校教育普及のためにとってきた政策の一つが、「義務教育」という制度である。
イギリスでは、1870年に出された「フォスター法」によって委員会が5~13歳の子どもに就学の強制ができることを明文化し、1876年には子弟を就学させることが「親の義務である」ことを法律で確定した。

義務というのは、実は非常に勝手な言葉であって、国家権力が正当なるものとして普及している状態においては、いかなる不条理な強制も「義務」の一言で正当化され得るわけだが、国家権力の正当性を自明視しない立場からは、これは、より一般的な「強制」という言葉で、表現しておいたほうがいいだろう。

もっとも、これが強制であるか義務であるかは、ひとえに親が国家の方針を理解して納得しているかどうかに、よるわけであるが、すくなくとも民主主義的にはよるわけであるが、実際にはそう話は単純ではないし、実情もこれとは異なるだろう。

民主主義があくまで形式的にしか機能していないという事実は、「国家権力への際限なき信託」を自明なものとして受け入れている人たちが多いことからも分かる。

当時の親たちは、学校に行かせることが義務化されることに関して、どのような面持ちでいたのだろうか。

義務化の国家的意味と意義を理解して納得したうえで、行かせていたのであろうか。或いは、その意味と意義に対する不満がありながらも、強大な権力の前にひれ伏すしかなかったから、しぶしぶ(家庭の労働力が減るというデメリットを受け入れて)行かせることにしたのであろうか。
そのあたりはよく分からないけれども、とりあえず
なんか行かんとあかんくなったらしいから、お前、来年からいかんとあかんで」というくらいの感覚で捉えていた人たちが一番多かったのではないだろうか。

ことほどさように、国家権力なんぞというものは、一般の人々にとっては、その日常生活がいちじるしく脅かされる場合でなければ、せいぜい「自然現象の一つ」に過ぎないのである。
一般の人々にとっては、「明日雨が降るらしいで」という言明がもたらす感覚と、「来年から子ども学校行かんとあかんくなったらしいで」という言明がもたらす感覚とにさしたる相違はないのではないかというのが、私の素朴な実感である。

【コラム】
もちろん、「なぜ雨が降るのか」を気にする人間がまったくいないわけではないが、大多数の人々にとっては、そんなことを気にしている余裕はないし(彼らの関心の大部分は「日常生活を回すこと」そのものにある)、だからそういう意味では、「なぜ雨が降るのか」を気にするような人間というのは、日常生活を回すことだけに関心を注ぎ込むといったことができなかった一部の病的な人たちであるというふうに言うこともできるわけで、大部分の時代においては、「ヘンなことを考える奴だ」の一言で一蹴されていたに違いないと思うのです。
「そんなことを考えている暇があったら○○をしろ」という言及は、要するに、「日常生活を回すことのほうにもっと関心を向けろ」ということに他なりません。

日常生活を回すこと以外のことに人間が関心を持って、しかもそういう人の考えややり方に賛同者や協力者があらわれて次第に普及していくようになるというのは、「日常生活を回すことが生きることの意味である」という古来よりの立場からすると極めて異常であると言わざるを得ません。

だからこそ、啓蒙思想や神授説の否定が出てくるのには時間がかかったのだと思いますし、進化論を受け入れる事に関してはさらに時間がかかりました。


フランスにおいても、1881年に6~13歳の子どもに「就学義務を課した法律」が制定された。アメリカにおいては、南部を除いて19世紀末にはそれぞれの州で「就学義務が立法化」されているが、これらの国の国民すべてが「学校に通うこと」を可能にするために、各国が取り組んだことは、単に就学を義務とするだけでなく、教育の無償化、中立性という3原則を打ち立てたことにあった。3原則を柱とした学校の制度化によって、初めて「国民教育」が可能になるのであった。
 「義務教育」という言葉が象徴するように、こうした制度は、「個人の意志」ではなく、この義務を課す「国家の意志」によって、維持されているといえるであろう。つまり、「近代学校」は、「国家の意志」を果たす空間として、すべての子どもたちの生活と密接にかかわり合っていく場として誕生し、今日もなお、その目的を果たすために存在しているのである。

近代学校以前の学校というのは、だいたいが、個人の意志によって維持されてきたと言えるだろう。私立の大学といった規模の大きいものから寺子屋といった小さいものまで、その本質は徒弟制にあり、その意志の主体は、個人ないし個人から受け継がれたものであったに相違ない。

「少なくとも形式的には徒弟制を含まない」ような教育機関が成立するためには、「先生への信頼」ではなく「システムへの信頼」という信頼の形態が登場するのを待たねばならなかったのではないだろうか。(厳密さを追求するならば、この「システムへの信頼」という語の頭に「明示的な」という修飾句を付けねばならないだろう。いや、それでもまだダメかもしれない。「制度」が想定する「任意の第三者」というときのこの「任意」の範囲が犯罪的なまでに広い状況下における「システムへの信頼」と言えばより正確になる。)

そういう意味で言えば、いま日本にある学習塾は、「先生への信頼」があることによって顧客を集めているものと、「システムへの信頼」があることによって集めているものの両方が混在している状況にあると言えるだろう。

そしてこれはなにも学習塾に限ったことではなく、小規模の組織と大規模な組織とでは、必然的に、利用可能な、調達可能な信頼の種類が制限されてしまうということを意味しているのではないだろうか。

人類学者のロビン・ダンバーによれば、規範やルールがなくても同じ目標を達成できる集団の規模の上限はおよそ150人であるということらしいから、私がいま言っている「小規模な組織」と「大規模な組織」とのあいだの分水嶺は、そのあたりになるのかもしれない。


でかい「システムへの信頼」のなかにいくつかの「先生への信頼」が居住する(という仕方で両者が同居、混在する)という構造は十分に想定しうる。現にいまの大学というのはそういうようなところになっていると思うし、どんな大組織でも、完全に「システムへの信頼」だけで構成しようとすると、うまくいかないと思う。(従業員が自分は人間扱いされてないのではないかというふうに感じる事例が続発するだろうと思うから。)

たとえば、ファーストフードは、顧客が介在する空間においては、あたかも「システムへの信頼」のみが効いている空間であるように見えるが、顧客の介在しない空間、すなわち、職場で働いている人たち同士の間には、古式ゆかしき「先生への信頼」が成立していると思うのだ。

学校も同じである。学制はそれ自体は単なる法規範(←これは「システムへの信頼」の拠り所となるものである)であるが、法規範だけでは学校は動かない。「部品」を生産するのであれば、「完全にマニュアル化された法規範」と「言われたことをすることだけしかできないロボット人間」のみでもつくれるだろうが、「人間」をつくる場である学校では、そういうわけにはいかない。例外的な事項は無限に発生しうるし、そのたびにマニュアルに新しい条項を追加していては身が持たない。

「システムへの信頼」だけで成立しているようなコミュニケーションというのを仮想的に成立させることが、サービス提供側において十分に合意されているようなサービス提供組織があって、そういう組織が一つや二つではなく、一つの持続的な流派を占めたといってよいくらいまでに普及してくると、個別的な信頼というものが完全に免除された空間というものが非例外的な空間としてできてくる。

それが、「「先生への信頼」を基礎としながらも、「システムへの信頼」という大きな包括も同時に備えた教育機関」(近代学校)を登場させる橋頭堡をかたちづくったのだと思う。



***

国家が人民に就学を強制する、というようなことを、わざわざ学者を育てるためにやるだろうか? まさかね。

義務教育、公教育の起源は、あくまで、その時代の体制に必要とされた人材を効率よく生産するためのシステムであった。そしてそれは、今も昔も変わらない。変わったのは時代の要請である。

いまの時代に、公教育において「主体的な学び」であるとか、「自分自身で考える力を養うこと」といったことが賞揚されるのは、
「言われたことができるだけの人間」だけではもはやいまの社会を回せなくなってきたので、「言われたことができるだけではない人間」「自分で考えて動ける人間」を組織的に国を挙げて生産する必要性が生じたため
である。
決して、個々人の人権や平等性に配慮して、とかそういう「道徳的に美しい事情を国家が理解したから」ではないのである。偉い誰かが言っていたと思うが、国家は本質的に反道徳的な存在なのであるからして、そういう存在が、道徳的な事情を理解して実践するなどということは有り得ないのである。むろんこのことは、別の事情によって実践したことが、たまたま、道徳的な理解に基づいた実践の内容と一致していたということが結果的に起こることを妨げない。私たちはこのことをよく理解しておく必要がある。私たちが、国家に、本来自分自身が持つべき権限の一部を委託している存在である限り、このことをよく理解しておく必要がある。


昔は、「押しつける」式の教育がはやったけれど、今は「引き出す」式の教育がはやるのも、たぶんこのへんに理由があるのだろう。

「押しつける」のは非人間的だからとか、そういう理由じゃないんだよね。きっと。逆に言うと、非人間的であるかどうかのほうがあとから決まるんじゃないかな。教育といえば「押しつける」式が当たり前だった時代においては、「押しつけるのは非人間的」と考える人間のほうが非人間的であると考えられていたわけで。そういう意味ではこれは価値観の違いにすぎない。非「非人間性」を担保する根拠が、「勤勉従順性」にあるか「主体性」にあるかの違い、というか。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://heis.blog101.fc2.com/tb.php/157-1fcc41e6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。