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分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
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伊豆半島に驚愕の「旅の駅」を見た - G.A.W.
俺の仕事は、上述したように小売業なので、まずもって批判的な視線でこうした施設を見ることが習慣となっています。批判的に見るというのは「どこがまずいのか、まずいとしたらそれはなにが理由なのか」ということであり、「どうあっても批判できない、感心するしかない」という点については、自分の仕事においても大いに参考になる可能性がある、ということでもあります。
つまりですね、ものすごくスレたいやな客ということです。ファミレスとかで便所きたねーと、ほかのレベルが高くても「なんだかなー」という気分になる人は多いと思うのですが、俺にとっては商業施設に入ったときに便所に入るのは、もはや習慣の一部です。便意の有無と関係ない。

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とはいえ、一般的なお客さんだって、商業施設でちょう感動したりすることってあまりないと思うんですよね。これはバイトの初日研修のときに必ずする質問なんですけど「いままで店を利用したなかで、すごいなーとか、気分よかったなーっていう経験、ある?」って聞くと、かなりの確率で「特にない」という返事が戻ってくるんですよね。

 「じゃあさ」と、あらためて質問するわけです。「なんか、ムカついたとか、ヤな気分になった経験は?」と。

 こっちは、ほぼなんらかの回答が返ってくる。そこでこう続けるわけです。「人っていうのは、そういうふうに、いやだった経験のほうが強く覚えてるものだ。人は、サービスっていうのは水みたいに無料のものだと思ってて、それを越えてよかったーとか思わせるのはすごい難しい。しかし君は、これから、その難しいことを技術として覚えて、金もらうんだよ」と。

相変わらず凄いなあ。


早い話が接客重視ではないんですね。明るく元気な声出して一生懸命やってればそれでいい。接客ってのは「対人間」のことですから、接待するほうに自覚がないと、ほんと伸びない。そこを無理して叩き込む手間をかけるくらいだったら、俺は売場の管理技術の向上を狙うわけです。

接客ではなくて、管理技術の向上だと? うー、そうかもね。そっちのほうが大事かもしれないね。とくに「さばく」系の職場の場合。


駐車場から建物本体を見てたんですけど、その外観が、すでに工夫の産物なんですね。まず、ぱっと見、どこにトイレがあるか一目瞭然なんですよ。つまり、こうした施設の第一の需要はトイレであることをよく知っている。さらには、トイレの壁面に書いてある、紳士淑女の記号っぽい絵なんですが、これが決まりきった例のやつじゃなく、慌ててたり、コケてたり、動きのバリエーションがあるものがいくつか描かれている。壁面を、ただの壁面のまま遊ばせておかない。

ほーぅ、なるほど。


んで、トイレに行ってみます。

 鬼美しい。

 ……昨今使われない強調表現をあえて使いたくなるくらいには、美しい。とうぜん目につきやすいところに「いつ清掃したか」というチェックシートみたいなのがあるんですが、これも項目が細かく、しかもすべてがきっちり埋めてある。もちろん、埋めてある店は多いんですが、線とかをガーッって引いて、いかにも「とりあえず埋めましたー」的な部分が皆無で、すべてを確認したうえでサインしてますよ、というような文字のバラつきがある。

トイレ一つを取ってもおそろかにしていないということですな。


まあ、そこまでならまだ、よくある。

まだくるか(笑)


ちなみに足湯に使われている海洋深層水に関する薀蓄が、みんなが利用するであろうペーパータオルホルダーのあたりにきっちり書いてあって、しかもこの肌当たりもやわらかな水は、ペットボトルで同施設の売店で買えることがわかります。

 俺とうちの奥様は、この段階で「あれ、ここ、かなりのやり手じゃね?」という予感を抱いています。

 つまり、表示されている情報量が多い。そして、それは無秩序に提示されているわけではなく、相互に必ず関連づけがなされている。ぜってー浪費させてやる、という強い信念がうかがえます。

なーるほどねー。


さて、土産物が置いてある売店に入りました。

 自動ドアが開いた瞬間「いらっしゃいませー! ただいま伊豆名物の昆布茶、試飲実施中ですー! ごりようごりよう!」との声かけ。もう、度肝抜かれますね。

 この来店客への無差別な声かけというやつ。八百屋とか魚屋でもやってるクラシカルな手法ですが、財布のヒモが緩い観光客相手にこそ有効な手法であるにもかかわらず、なぜかやってないとこが多いんですね。ちなみにコンビニでも非常に有効で、俺のやってる店はレジ前の揚げ物の購入率が異常に高いことでわりと名を知られてるんですが、メインの手法はこの声かけに頼ってます。

そういえばそうだな。簡単にできることなのに、やってないという。


実際には有効であるにもかかわらず、やっていない店が多い。なぜか。理由は簡単です。バイトの側のモチベーションが高くないと、強要できない手法だからです。なにしろ「ハズレ」が前提なんです。つまり、自分がやっていることへの報いが感じられない。そりゃやってるうちには飽きますよ。

いやー、まあそういうもんでしょう(笑)
報いが毎回感じられることのほうが異常なわけでして。で、その異常なのを異常とも感じさせないように訓練しているのがいまの学校だったりする。「やったのにできないとかわいそうだから」とか言う筋の通らない理屈の前にやすやすと屈してしまうという珍妙な光景は、学校のそとではふつう決して見られないものだ。


売店の品揃えや陳列状態もいい。コンビニは商品の陳列、見せかたが客の単価を左右する生命線なんで、俺はこのへんには異常にうるさいです。ちなみにうちの奥様は、カップヌードルの陳列(縦に4個並んでる)のいちばん奥のぶんが1センチずれてただけで、バイトを呼びつけて、不思議そうな顔で「なんでこんなことできるの? 変わってるね君」と言い放った逸話の持ち主です。変わってるのはおまえのほうだどう考えても。

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座布団一枚(笑)


しかし、その奥様をして唸らせるくらいのスキのない陳列。さらにですね、売れ残りとおぼしき、やや色あせたみかんのぬいぐるみみたいなのが棚の片隅にいたんですが、ビニールの包装に、ほこりがまったくない。ほかの商品も確認してみましたが、棚を含めてほぼほこりのある場所はなかった。こうしたメンテナンスにかかる手間は膨大です。それを、日々やっている、ということです。いったい人件費どうしてるんだここ。

たしかに気になりますね。どうやってその費用対効果を実現しているのか、というところがね。


コーナーに入った瞬間、目に飛び込んでくるのは、ボードに美しく等間隔で設置されたパンフの山、山、山。壁面二つに穴あきパンチの鉄製ボードがあって、そこにぎっしりとパンフがあるんですよ。しかもパンフのひとつひとつには「とまる」「あそぶ」「かう」などのシールがついて、一目でその施設の特徴がわかるようになっている。「本日定休日です」という札までかかってる。小さな観光施設なら臨時休業も多いでしょう。そうしたものも把握して、札に反映させるまでのシステム構築の手間たるや。

まずパンフを見た人が思うことは「伊豆にはこんなに観光施設があったのか」ということですわね。まちがいないっす。俺がそう思ったもの。批判的な視線とか忘れてて呆然とした。「とんでもねー」と思った。

 つまり、この観光案内所を作った人はこう思ってたに違いないんですね。「ここは本当に観光案内所だ。伊豆の観光情報を知りたければここを拠点にしてくれ」

そのパンフの山を見た人が、もしもう一度伊豆に来たとします。もし大した計画がなかったとしたら、きっとここのことを思い出しますよ。「あそこに行けば、まあなんとかなるだろ」。最大限に顧客至上主義を貫ぬけば、そのはてには自分のところの利益がある。そう思ってるとしか思えないし、それは事実そうでしょう。

ちょうど俺らの前に宿を探してるっぽい人がいたんですけど、係のおばちゃんは、系列のホテルを勧めるでもない。予算と、チェックイン、チェックアウトの時間を聞いたうえで、親身になって一緒に探している。ほんとに、観光案内所のとしての使命をまっとうしようとしているわけです。

それだけじゃないです。このパンフの山ではいかにも情報量が多すぎる。そんな人のために、コーナーのまんなかには木製のテーブルがあって、その上には目的別のおすすめ観光ルートをまとめた「アルバム」がある。めくっていくと、手書きで細かく書かれた説明がちょうど一区切りついたところに、ポケットを作ってあって、そこに該当施設のパンフが挟んである……。ネットで情報を得られるようにPCもあるのですけれど、その横にはペン立てとメモ用紙。

 もう、よくわかってる、としか言いようがない。

 情報というのは、単体では情報以外のものではないんです。それを客の要望にあわせて再構成し、有機的に組み立てる、つまり編集し、参照しやすいようにしてやる。はてなでID持ってて、いまこのテキストを読んでるような人は、たとえば文中に意味わかんない単語や固有名詞が登場したら、ぐぐるなりなんなりして、自分なりのイメージを持ってからふたたび文章に当たろうとするでしょう。

 でも、一般の人はそうではない。

 伊豆半島は観光地です。そして観光施設は多い。しかし時間は有限で、客は効率よく時間を活用しようとします。予備知識がない状態で大量の情報を与えられたところで、せいぜい「かかる時間」くらいしか判断材料がない。「だから」より詳しい人が体系的な知識を与えてやる。これはなにも観光情報だけではない。土産物だって商品じたいが持っている訴求力だけに頼っていることはないんです。たとえばそこに店員の「私も食べたけど、おいしいですよ」の一言が、あるいは「売れてますよ」の一言があれば。おいしい牛乳が名物ならば、その牛乳を使用したおいしいロールケーキということであれば、訴求力の段階は一つ上がる。

 リンクなんです。客の目的と需要を深読みしたうえでの、情報のリンク。

そんでそれが「お客さんの役に立ちたい」という思想から、おそらくはできている。ここに俺は驚いた。「挽きたてのおいしいコーヒーあります」ああ、どこにでもありますよね。「高原のおいしい牛乳で作ったソフトクリームあります」ああ、それもまあ、よく見かけますよね。「秘伝のサボテンエキスを使った健康ジュース」あー、まあ系列がシャボテン公園なんだからね。

 ひとつひとつの要素は小さくても、すべてのものについて、丁寧におすすめしていき、それらがトータルとして力を持ったときに客が感じる印象はなにか。

「へー、ここ、なんかいいね」

やられました(笑)

この一言を客に言わせるためにどれだけ(以下略

・・・。

すごいと言わざるを得ないね。


それは接客だけではない、商品力だけでもない、施設が持つハードの力だけでもない。それらがすべて「客を喜ばせる」という目的において有機的に結実したときに、最大の力を持つわけです。

 商業施設で「すげえ」と思わされたのはほんとにひさしぶりでした。すごかった。


なんか日本語が凄いな(笑)
「それらがすべて「客を喜ばせる」という目的において有機的に結実」←・・・パクろかな(笑)。


もっとも、本当に難しいのは、こうした環境を作るだけの教育をどうやって従業員に施すか、というところにあるんですけどね。

そうやなあ。たしかにそうや。その通りや。


我々はすでに、たとえばディズニーリゾートの「客はゲスト、従業員はキャスト」方式の教育や、あるいはマックの徹底したマニュアル教育とランク制、モチベーションを上げるためにはプライベートへの介入も辞さない親切さ(いまはもう、そのへんやってないみたいですけどね)なんかを知っています。レインズ・インターナショナルの「クレーム撲滅」方式もあるでしょう。

 てもねー、たぶん重要なの、方法じゃないと思うのね。

 俺、この「ぐらんぱるぽーと」を動かしてる原動力がなんなのか、ずっと車のなかで考えてた。で、これは憶測。あくまで憶測。これ、どこかにきっと「無私の人」がいると思うのね。その無私の人の原動力は「伊豆を再生したい」だと思うの。伊豆に観光客を呼ぼう、魅力的な場所にしよう。そして、そうした無私の人の努力のあとに、人ってようやくついてくる。つまんない話なんだけど、そういう結論にしか、ならなかった。

無私というよりも、あれでしょ、自分が好き勝手に振る舞うことがイコール「伊豆を再生すること」な人、というか。そんな感じでしょ。やっぱりやりたいことをやる人のパワーってのはバカにできんわけで、それが結集したときにすさまじいパワーになることは、これは、簡単に想像がつくことですよね。


とりあえず、このG.A.W.さんの記事が、「ぐらんぱるぽーと」のなかの人に読まれることを期待しちゃいますね。絶対感激しますよね。

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