@heis.blog101.fc2.com

分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(大したいことないけど)その2・顔が見える相手との競争と顔が見えない相手との競争
昔は、成績順に名前が張り出されたりした。でも、今どきはそんなことをしない。個人情報保護よりむしろ、順位付けに対する否定的な見解から始まったように思う。小学校の徒競走が変化したのと同じ時期ではないかと思う。
 まあ、今の学校は、なんやかんやの理由で「顔の見える相手との競争」を否定しているわけだ。相対評価の否定も同じことだろう。
 そのくせ、学校選択制でも学力検査でも、顔の見えない相手である集団間の競争をし始めたようだ。

同意、同意。
むしろ成績の張り出しは、やったほうが健全な競争が行なわれるようになる、ということですな。


 これって、やっぱり、変だよね。
 変なことをどうして変だと言わないのだろう?

変なことを変だとはっきりおっしゃるほり先生はすばらしいと思います(^^)
#きっと養老先生から来ているのでしょうなあ…(笑)


もちろん、相対評価の否定は、(正式な見解はどうなのか知らないけど)あまりに勉強の価値ばかりが意識されすぎた、ということの反動があると思う。それでも鶏だって順位付けをしようとすることを人間がしないでいられないわけがないという事実に気が付かなかったのかな。人間の方が社会的動物と言えるだろうから、順位付けは当然の心の働きだろう。
 ただ、順位付けは「権力」と結びつく。権力という言葉を聞くと、否定的に捉えられることが多いか、逆に、もの凄く生き生きし始める人が出てくるかのどちらかだろう。
 どちらも不自然である。そうでなくて、もっと、何か自然な「順位付け」が出来ると良いのにねぇ。

 (でも、そんなところから「価値観の多様化」という考え方が出てきて、個性個性のお山の大将ばかりが増えてきたのだろう。)

だからその、あれだよね、価値基準が勉強一つだった時代がまずあって、でもそれってオカシイって言う人が出てきたので、「価値観の多様化」が促進されたら、今度は、「学校の勉強っていう価値基準ってクソだよな」っていう単一の価値観がイデオロギッシュに蔓延する引き金になっちゃったという話。価値観の多様化とか言いながら全然多様化できていない皮肉がそこにはある。
ほんとうに多様化したいんだったら、学校の勉強以外の価値基準を是認しつつ、学校の勉強という価値基準も、同時に尊重する。そういうことができるようにならないと、いつまでたっても「価値観の多様化」という標語は偽物でしかない。ということなのだと思いますよ。

コメント
この記事へのコメント
?
多様化の主体は個人なのですか?
視点がよくわからない。
2009/04/06(月) 16:41 | URL | yuusaki #wjF23NZ2[ 編集]
多様化の主体は、社会が受け入れ可能とする価値観の種類です。
2009/04/07(火) 00:56 | URL | heis101(管理人) #QyEQ/AbM[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://heis.blog101.fc2.com/tb.php/115-5fe776c3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
「価値観の多様化」のはずが全然多様化になっていない理由 @heis.blog101.fc2.com
2014/04/04(金) | pure garcinia cambogia
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。