@heis.blog101.fc2.com

分かり合えなくてもいいんだ。なぜ分かり合えないかが分かりさえすれば…
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おじろくおばさ - home&dry

耕作面積の少ない山村では農地の零細化を防ぐために奇妙な家族制度を作った所があった。長野県下伊那郡天竜村では16-17世紀ごろから長兄だけが結婚して社会生活を営むが他の同胞は他家に養子になったり嫁いだりしない限り結婚も許されず、世間との交際も禁じられ、一生涯戸主のために無報酬で働かされ、男は「おじろく」、女は「おばさ」と呼ばれた。家庭内の地位は戸主の妻子以下で、宗門別帳や戸籍簿には「厄介」と書き込まれていた。かかる人間は家族内でも部落内でも文字通り疎外者で、交際もなく村祭りに出ることもなかった。

村の古老数人の報告
b)数人のおじろくを知っていたが、結婚もせず一生家族のために働いて不平もなかった。子供のころは普通であったが20才過ぎから無愛想な人間になり、その家に用事で行くと奥へ隠れてしまうものもあり、挨拶しても勝手に仕事をしているものもあり、話しかけても返事もしなかった。おじろく同士で交際することもなかった。時におじろくがおばさの所へ夜這いにいったなどという話もあったが、こういうことは稀であった。恐らく多くの者は童貞、処女で一生を送った。 怠け者はなくよく働いた

症例a女性
(略)自分はばかだから字も読めないし、話もできないと劣等感を持つ(引用者注:小学校の成績は上だった)。近所へ遊びに行ったのは子供のときだけで、あとは暇もなかったし用事もなかった。遊びに行きたいとも思わなかった。姉が死んでも別に悲しくもなかったが、死にかかった顔は痩せて気持ちが悪かった。葬式にも行かなかった。――この症例の姉が4年前食道癌で死んだとき嫌がるのを無理につれていったが表情も変わらず挨拶もせず涙も流さなかった。帰宅後死んだ人はおっかなくて汚い、あんなものは見に行かぬ方がよかったというのみであった。

もの心のつくまでは長男と同じように育てられ、ききわけができるような年齢に達すると長男の手伝いをさせ長男に従うように仕向けた。兄にそむくとひどく叱られた。盆、正月、祭りなどに親戚回りするのは長男で、他の弟妹たちは家に残っていた。子供の頃は兄に従うものだという躾を受ける位のもので、とくに変わった扱いをされたわけではない。この地方では子供が小学校に行く年頃になると畑や山の仕事をどんどんさせ、弟妹がいやがるとそんなことでは兄の手伝いはできんぞと親たちが叱った。こうして折にふれて将来はお前達は兄のために働くのだということを教えこんでいたのである。それで成長するに従って長男と違う取扱を受けるようになったが、それは割合素直に受入れられ、ひどい仕打ちだと怨まれるようなこともなかったようである。親達は長男以外はおじろくとして兄を助け家を栄えさせるように働くのが弟妹の当然のことと考えていたので、子供たちをおじろくに育て上げることに抵抗を感じていなかったので、不憫だとも思わなかったようである。

おじろく、おばさ達は旧来の慣習のために社会から疎外されてしまったものである。それは分裂病に非常に似た点を持っている。感情が鈍く、無関心で、無口で人ぎらいで、自発性も少ない。しかし分裂病ほどものぐさではない。かかる疎外者がいるとその家は富むといわれる位によく働くのである。この点分裂病とちがう。しかし自発的に働くというより働くのが自分の運命であると諦念しているようである。こんなみじめな世界にくすぶっているより広い天地を見つけて行こうと志すものが稀なのは不思議であるが、田舎の農家には多かれ少なかれそういった雰囲気がある。(略)幻覚とか妄想があったようなものはないようであるし、気が狂ってしまったと言われる者もなかったそうである。無表情で無言でとっつきの悪い態度をしていながら、こつこつと家のために働いて一生を不平も言わずに送るのである。悟りを開いた坊主といった面白さもないし、ましてや寒山拾得といった文化遺産を残した者もない。まことにつまらないアウトサイダーであり、ただ精神分裂病的人間に共通するところがあるという点で興味があるだけである。

(以上、近藤廉治「未分化社会のアウトサイダー」精神医学1964年6月号11頁以下より引用)


昭和35年の調査時には3人のおじろく・おばさが存在していたとのことであり、本論文は「著者はそういう最後の人間を観察する機会を持った。このような環境は今後存在しえまい。」と結ばれている。
論評はまた別の機会に。


人間は働きアリになりうるということか?
いやあ、「そういうものだ」という考えでいけば人間ここまでできちゃうということですかね?
というか、これを書いた人も、「ただ精神分裂病的人間に共通するところがあるという点で興味があるだけ」なんてもったいなこと言ってないで、もっとこういうこと、どんどん発信していくべきなんじゃないの? ・・・って今から半世紀弱前の記述だからしかたがないと言えばしかたがないと言えなくもないんですが。

その、環境、ってのはまあ自分を規定するだけれど、その環境から脱離、しようという意欲が起こるかどうかってのは、結構、なにによって決まってるのかが気になるところでありまして、
なんというかその、いまのままでも特段不満はないわけですよ。
そして、その環境から脱離した際にどういう感情が自分に待ち受けるかを想像することがない。それを想像することがないから、いま感じてる感情と、その想像上との感情とを比較するといった処理も当然発生しない、発生しえない。

その、例えばね、こういう村の掟がある社会においてね、「兄を殺して俺が家主になるぜ」的なインセンティブが働くためには、相手の立場に立って物事を考えるという能力がなければこれはできない芸当だ。そしてそれは、タネも必要やけれども、訓練によってのばされる側面が大きい。

だから、支配者が、隷属的環境下に置かれた人間たちの反乱を抑止したければ、彼らからどうやって「相手の立場に立って物事を考える能力」を奪うかということに、エネルギーを費やすべきなんだ。そしてそれを実際にやっちゃったのがこの村、みたいな。


それから、感情を殲滅した人間の末路という側面もあるよね。それ(長男以外は変な扱いを受けること)がひどい扱いであるとちょっと思ったとしても、その扱いが存在すること自体を変えられるのかどうか、ということの認識を、周りの環境がよってたかって、「それは変えられない」という方向に導いていたのだとすると、これは、変えられないものとして適応を果たしたほうが、その人にとっては、精神衛生上ラクだよね。だからそういう適応機制が働くであろうことは想像に難くない。

感情、ってのは、その、自分の内側にあるものを掘り起こしていく試み、という側面があるわけで、まあ、現代社会においては多くの場合これをやりまくることが適応的なんだけれども、これをね、やりまくらない方向にスイッチを切り替える。だけでこんなふうになっちゃうんですよ。たぶん。
自我の掘り起こし、みたいなのは、これはまあ、自然環境が要請していると考えられなくもないんですが、それと同時に、私たちが一般に言うところのふつうの社会環境におれば、自然と、自我の掘り起こしをしなければいけない必然性に駆られますね。これは、自然環境でも、ふつうの社会環境でも、同じなんだけれども、問題は、自我の掘り起こしをしなければいけない必然性に駆られない社会環境というものを人為的に構成することが可能だという点なんだ。それをやっちゃったのがこの村の人たちですよ。

まあこれを、被差別環境におかれたアフリカ由来の黒人らの奴隷問題と、そのとき、奴隷として働いていた人たちが持っていたであろう感情の機制というものと同列に論じることはできないかなと思いますが・・・・・、その、これは日本人的な自我というものの特質に由来している部分もあるかなと結構思いますので・・・。

こういう話が、こういう事例が、昭和30年代まで続いていた、ということは何を意味するのかって言うのは、結構考えちゃいますね。

近代的自我、なるものが明治になって入ってきたと、明治の人たちはみんな列強に負けないように必死で勉強ばっかりしてたんかというと、そうではないと。いまの、大学進学率が50%うんぬんな時代と同列に論じることはできないと。明治の人たちは勉強してた、そりゃそうかもしれませんよ。一部の人たちがな

政治家や文豪や教育者なんかが次々と活躍する一方で、都市からは隔離された、村、というものの特質・特性は、全国のそれぞれの村ごとに千差万別、であっただろうなとは思いますね。まあ、これだけ交通的情報的インフラが整備されたいまですらこうという状況があるわけで、そういうことを鑑みると、交通的情報的インフラが乏しかった時代の、都市でない人たちの暮らしぶりはいかにあったのか、ということに、思いを馳せてみることも、悪くないんじゃないかなと。
いまから千年前に源氏物語が書かれたと。そりゃすごい。いまの人々をもうならせる力を持っている。なるほど。でも、そーゆーの書くことできた人たちって一部の人たちでしょ? 源氏物語から感じられる文化が当時の人々の平均的な暮らしぶりを連想させるものであるなんて思ったらきっと大間違いなんだろうな。

いま。そして今後。 どうなっていくんかね?(微笑)

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://heis.blog101.fc2.com/tb.php/100-d0f1b680
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。